韓国のGSOMIA継続申し入れは本当に「日本の勝利」なのか?

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イージス艦が収集した北朝鮮の弾道ミサイル情報など、日韓で軍事情報をやりとりするのに必要なGSOMIA

韓国が2019年11月23日、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄直前に「継続」を表明したことで、国内では「日本外交の勝利」との評価が大勢を占めている。だが、本当にそうだろうか?見方と対応を誤れば、日韓関係はさらに悪化し、日本経済にも深刻な打撃を与えかねない。

GSOMIA問題は「終戦」ではなく「休戦」

韓国側から発表があったのは、「いつでも終了できるという前提で、GSOMIAの破棄の効力を停止」と「輸出管理政策の対話が進行される間、日本に対する世界貿易機関(WTO)提訴手続きを停止」の2点。

これを受けた日本の政府高官による「こちらのパーフェクトゲームだった」との発言が報道され、韓国大統領府のチョン・ウィヨン国家安保室長が「日本政府に抗議し、日本側から謝罪があった」と発言する騒動に。菅義偉官房長官は「政府として謝罪した事実はない」と正式な謝罪については否定したが、「韓国側の発信に一つ一つコメントすることは生産的ではない」と韓国側への批判は避けた。

実際のところは、どうなのか。日本政府の行動を見ると、「パーフェクトゲーム」とは程遠そうだ。本来なら「外交成果」をアピールする安倍晋三首相も、今回は前面に出てこない。つまりGSOMIA問題は「交渉が再開された」状況であり、決着には至っていないということだ。

事実、韓国政府はGSOMIAを継続するとは言っていない。WTOへの提訴手続きも同様だ。要は朝鮮戦争と同様、「終戦」ではなく「休戦」だ。現時点では両国に勝ち負けはない。

日韓外相会談で両国の関係改善の取り組みが始まったが…
(外務省ホームページより)

では、どの段階で「終戦」と言えるのか。韓国がGSOMIAを正式に継続し、WTOへの提訴を取り下げる条件は一つしかない。「ホワイト国(現・グループA)」待遇の復活だ。実現すれば日韓関係は同8月28日以前の「原状復帰」となるが、日本側が求める韓国の徴用工判決による損害賠償請求は残る。

とはいえ「徴用工問題と輸出管理強化は別問題」と主張し続けてきた日本は、再開する貿易交渉で韓国側が「輸出管理の適正化」を約束すれば、グループAへの復帰を認めざるを得ない。その時になって「やはり徴用工判決が完全解決しない限り、グループAには復帰させない」と主張するのは難しいだろう。

韓国の「切り札」として残るGSOMIA

そもそも今回の韓国の「妥協」は日本の外交成果ではなく、米国からの強い圧力に屈したと見るのが正しい。マーク・エスパー米国防長官は同11月15日に韓国を訪問し、チョン・ギョンドゥ国防相にGSOMIAの継続を強く働きかけている。一方、日本は韓国に積極的な働きかけをしていない。

同17日にタイで開かれた日米韓防衛相会談では、エスパー長官が日韓双方の外相に向かって「GSOMIAがなくなれば北朝鮮と中国が利益を得るだけだということを、あなたたちの政治的指導者に確認してほしい」と、双方の歩み寄りを強く求めている。韓国が投げてきたボールを投げ返さず、GSOMIAが再び失効の危機を迎えれば、日本も米国から強い外交圧力にさらされることになりかねない。

エスパー米国防長官は日韓両国に関係改善を強く働きかけている(米軍ホームページより)

なにより問題は、韓国がGSOMIAという「切り札」を持ち続けていることだ。国内報道では「GSOMIAが失効すれば困るのは韓国だ」と伝えられているが、韓国にとってGSOMIAは北朝鮮に対する外交的な圧力の一つにすぎない。

「弾道ミサイルの軌道と性能を正確に知るには自衛隊の収集したデータが必要」とも指摘される。が、韓国の首都ソウルから南北の軍事境界線までは直線距離で約40km、東京駅から成田国際空港までの距離(約57km)よりも近い。弾道ミサイルどころか自走式多連装ロケット砲の射程距離内だ。つまり韓国にとって弾道ミサイル情報は北朝鮮の軍事技術力を知る上では有用だが、実戦に限定すれば必須の情報ではない。

むしろGSOMIAが失効すれば、韓国が収集した北朝鮮の内部情報を得られなくなる日本の方がダメージは大きくなる。日朝は事実上の断交状態で、朝鮮半島の和平プロセスにも深く関与できていない日本にとって、韓国ルートで北朝鮮情報が入手できなくなるのは国防以前に外交上の大きなマイナスだ。

日本経済への悪影響もじわり

「米国が韓国に圧力をかければ、容易に折れる」という期待も、そう何度も叶いそうにない。同11月9日の米韓防衛相会談では米軍の駐留費用の負担増要求を一蹴しており、日本ほど米国の圧力は効かないようだ。

韓国がGSOMIAに踏み止まったのは、米国からの圧力と同時に韓国の半導体産業が日本の輸出管理強化で打撃を受けているから。日本の輸出管理が長期間にわたって緩和されない、あるいは自国で日本からの輸入部材の内製化が可能になれば、韓国がGSOMIAにこだわる理由はなくなる。

ビール輸出など日本経済への影響も

日本経済にも悪影響が出てきた。フッ素化合物大手のステラケミファ<4109>が同11月8日に発表した2019年9月中間連結決算は、輸出管理強化で韓国向けの販売が落ちたため、純利益が6億3000万円と前年同期比58%減に。

西日本を中心に観光産業も韓国人観光客の激減で打撃を受けている。この問題が長期化すれば、倒産や廃業、M&Aによる再編を招くことになりそうだ。

韓国でカジュアル衣料量販店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングをはじめ、不買運動の影響も広がる。規模は大きくないが韓国向けの同9月の国産ビールの輸出額が58万円と、前月比で98.8%も減少した。

いずれにせよ日韓の外交的な対立が長期化すれば、エスパー長官の発言通り「北朝鮮と中国が利益を得るだけ」だ。外交はもちろん、経済も同じ。一刻も早い関係改善が日韓両国はもとより、同盟国である米国の利益になり、ひいては極東アジアの安定にもつながる。

政府高官や閣僚、与党議員の不用意な発言で、ようやく動き出した日韓交渉が再び膠着する事態は避けるべきだろう。「勝どき」をあげるのは、すべての決着がついてからでも遅くない。

文:M&A Online編集部