2020年3月19日に開いた政府の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策専門家会議の記者会見で使われ、一躍バズワード(それっぽい流行語)となった「オーバーシュート」。感染者の爆発的な拡大を指す言葉として行政やマスメディアがこぞって使っているが、本来こうした事態を表すには「アウトブレイク」(感染爆発)というよく知られた言葉がある。なぜ、わざわざ「オーバーシュート」という新語を使ったのか?
「オーバーシュート」をネットで検索すると、新型コロナウイルス感染に関する情報が上位にヒットする。ところが専門家会議の会見前の情報に限って検索すると、金融・証券関係の情報がずらりと並ぶ。ほんの1週間前までは日本で「オーバーシュート」といえば、金融・証券用語だったのだ。
英語の「overshoot」は「(的を)外す」「(停止線などを)行き過ぎる」「(予定額や割当を)超過する」という意味。これが転じて金融・証券用語では「相場や有価証券の価格の行き過ぎた変動」を指す用語となった。株価が需給関係により、短期的に実態とかけ離れた価格となる現象を「オーバーシュート」と呼ぶ。
このほか金融政策に伴う利子率の変化に対する市場の過敏な反応や、金と希少なプラチナとの価格逆転を引き起こした貴金属市場での投資家の行動、経済論文では日本製の薄型テレビやDRAMなどでの過剰品質といった状況を指すのに「オーバーシュート」が使われていた。
つまり「オーバーシュート」とは、人間の意思決定に伴って変動する現象における異常値を指す言葉であり、自然発生したウイルス感染で使うのには違和感がある。なぜ専門家会議で、本来は金融・証券用語、広く見ても経済用語だった「オーバーシュート」を使ったのか?
考えられる理由は二つある。一つは一般に知れ渡り映画のタイトルにもなった「アウトブレイク」を使うと、一般市民が感染症拡大に過剰反応してパニックを起こす可能性があるため、あえて耳慣れず穏当に聞こえる「オーバーシュート」を使った。
もう一つは人間の意思決定が今後の感染拡大を大きく左右するという警鐘を込めて、あえて「オーバーシュート」を選んだ可能性もある。専門家会議では市民の行動を変えて感染の広がりを抑える「市民の行動変容」をCOVID-19対策の基本方針の一つとして掲げている。
専門家会議は「換気の悪い密閉空間を避ける」「多くの人と密集しない」「近距離での会話や発生を抑える」の行動変容があれば、感染拡大による重症化を食い止められると呼びかけた。こうした市民の行動変容が徹底されずに感染が爆発的に拡大すれば、文字通り人間の意思決定や行動によって引き起こされた「オーバーシュート」と言えるだろう。
文:M&A Online編集部