米国で「ある電池」が国論を二分している。その電池とは電気自動車(EV)に搭載する「リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池」。米フォード・モーターが中国CATL(寧徳時代新能源科技)の技術供与を受けて米国で生産する準備を進めている。そこにライバルの米ゼネラル・モーターズ(GM)から「横槍(やり)」が入った。これが共和党や民主党を巻き込んでの国論を二分する大論争になっているのだ。
なぜEV向けの電池が国論を二分するのか?その背景には民主党のバイデン政権が2022年8月に成立させた「歳出・歳入法(インフレ抑制法)」に盛り込まれた、EV購入者に対する最大7500ドル(約112万円)の税額控除制度がある。
同制度では米財務省が2023年3月に「米国域外生産車は対象にならない」との運用指針を発表して、日本や欧州、韓国の自動車メーカーに衝撃を与えた。ところが、その後に同指針はどんどん厳密となり、ついには米国車メーカーによる米国内生産のEVも「対象外」となる可能性が出てきたのだ。
発端はフォードが同6月に35億ドル(約5235億円)でミシガン州に電池工場を建設する計画を連邦議会議員に報告したこと。これにGMが「中国からの技術供与は米国の自動車産業にとっては経済安全保障上の脅威になりかねない」として、税額控除制度の対象外とするよう連邦議会議員に訴えたのだ。
フォードが技術供与で生産するLFP電池は正極材料にリチウム(Li)、鉄(Fe)、リン(P)を用いたリチウムイオン電池で、現行のNMC(三元系)電池と比べると重量あたりの電池容量(エネルギー密度)が小さいため、電池本体が大型になるデメリットがある。
その半面、LFP電池はコバルトやニッケルといったレアメタルの代わりに鉄を利用するため、容量1kWh当たりの価格は約70ドル(約1万円)と、約100ドル(約1万5000円)前後のNMC電池よりも2〜3割安い。中国でEV販売台数が新車販売の4分の1を占めるほど増えているのも、LFP電池を採用することでEVの低価格化が実現しているからだ。さらにLFP電池には熱暴走のリスクが低いため、発火事故が起こりにくく、長寿命というメリットもある。
GMはLFP電池の生産を計画しておらず、フォードが安価なLFP電池を搭載するEVを量産したら、価格で太刀打ちできなくなる可能性が高い。そこで車両本体と電池を米国内で生産しても、「懸念される外国企業」技術に依存するLFP電池搭載EVを税額控除対象にすべきではないと訴えているのだ。
これに呼応した共和党議員や一部民主党議員が「米国発の技術に税金を投じるべきだ」と主張して、複数の委員会がCATLからの技術供与についての調査を開始したり、公聴会を開いたりしている。守勢に立たされたフォードは自社や電池を生産する完全子会社を「懸念される外国企業」とするのは不当だと巻き返しにかかった。
フォードは「税額控除規則に適合しないのなら、EV生産計画を縮小する」と政府に通告し、9月25日から電池工場の建設を一時中断している。全米自動車労働組合(UAW)もフォードのEV計画縮小で雇用が減少する可能性があることに懸念を表明した。民主党議員からはEVの普及を急ぐためにも、フォードのLFP電池搭載EVに税額控除を認めるべきだとの「援護射撃」をしている。
GMの異議申し立てによって、EV税額控除制度が「経済安全保障」問題に飛び火したのは政権の想定外だったろう。言い換えれば、企業が自社の競争を有利にするために「経済安全保障」問題にこじつけたとも言える。「経済安全保障」問題となると、国論を二分しかねない。大統領選を控えたバイデン大統領にとっては、どちらの味方をしても選挙にマイナスとなる可能性があり、身動きがとれない状況だ。
国民からの支持を得るために外国企業を排除して米国企業だけでEVの普及を図ろうと導入したインフレ抑制法のEV税額控除制度だが、大統領選挙目前に思わぬ「落とし穴」になった。バイデン大統領にとっては、頭の痛い問題になりそうだ。
文:M&A Online
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