東大の起業家を支援する東京大学協創プラットフォーム開発(東大ICP)とは

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東京大学安田講堂

東京大学協創プラットフォーム開発(東大ICP)は、東京大学が100%出資するベンチャーキャピタル(官民ファンド)。2020年に設立したオープンイノベーション推進1号 投資事業有限責任組合(AOI1号ファンド)は総額256億1,500億円を集め、1号ファンドを上回ってクローズしました。

東大ICPは主として東大関連のベンチャー企業に出資し、経営支援をしています。2020年12月に新規上場した資産運用のロボアドバイザーの開発を行うウェルスナビ<7342>は、東大ICPのエグジット案件です。

東大の研究成果や人材に出資をし、ハンズオン型のビジネス支援まで行う東大ICPとは、どのような会社なのでしょうか?

この記事では以下の情報が得られます。

・東大ICPの概要
・業績推移
・主な出資先

政府から出資を受けて1号ファンドを設立

日本政府は2014年に産業競争力強化法を施行しました。これは、長引く不況で日本企業が成長力を失い、日本経済が腰折れすることを危惧したため。産業競争力強化法は産業活動における新陳代謝を促進するための措置を講じており、事業再編の円滑化を図ることが目的でした。

経済産業省は、「生産性向上を目指し、事業再編を行う取り組みを事業再編計画として認定し、認定を受けた取組に対して、税制優遇や金融支援等の支援措置を講じることで当該取組を後押しします」としています。

この法律に基づき、国立大学法人等が大学ファンドを通して、大学の研究成果をベースにしたベンチャー企業に投資することが可能になりました。当時対象となった大学は四つ。東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学です。政府は四つの国立大学法人のファンドに対して合計1,000億円を出資しました。

2016年に東大ICPが誕生します。

代表取締役社長は大泉克彦氏。東京大学工学部卒業後、三井物産<8031>に入社。IT関連のベンチャー企業に出向し、経営支援を行いました。三井物産のコーポレートベンチャーキャピタルである、三井物産グローバル投資(東京都千代田区)の代表取締役を務めた経験があります。

東大ICPは二つのファンドを組成しました。政府からの出資を受けて立ち上げた250億100万円の協創プラットフォーム開発1号投資事業有限責任組合(IPC1号ファンド)。そして256億1,500万円でクローズしたオープンイノベーション推進1号 投資事業有限責任組合(AOI1号ファンド)です。

AOI1号ファンドには、三菱UFJ銀行(東京都千代田区)、三井住友銀行(東京都千代田区)、SBIホールディングス<8473>、ダイキン工業<6367>、日本政策投資銀行(東京都千代田区)、博報堂(東京都港区)、芙蓉総合リース<8424>などが有限責任組合員として出資をしています。

AOI1号ファンドは東京大学周辺事業におけるイノベーションの促進が目的。大企業の非中核事業を切り離すカーブアウトベンチャーやジョイントベンチャー、リーディングカンパニーと連携した新会社の設立など、大企業が持つ資産を活用した投資を手掛けていることに特徴があります。

武田薬品工業<4502>から独立した医薬品の研究開発活動、治療薬創出を目指すファイメクス(神奈川県藤沢市)などに出資しています。

東大ICPは二つのファンドで以下のようなスタートアップに出資をしています。

■東京大学協創プラットフォーム開発(東大ICP)の主な出資先

会社名 事業内容 カテゴリ
クリュートメディカルシステムズ ヘッドマウント型自動視野検査装置 ライフサイエンス・アグリテック
アキュルナ 核酸医療の薬物輸送システム ライフサイエンス・アグリテック
タグシクス・バイオ 人工的なDNA塩基対を用いたDNAアプタマー創薬 ライフサイエンス・アグリテック
ブレイゾン・ セラピューティクス 脳血管関門を超える薬物輸送システム ライフサイエンス・アグリテック
モダリス(旧エディジーン) 独自のゲノム編集プラットフォームによる創薬 ライフサイエンス・アグリテック
モジュラス ネットワーク型創薬 ライフサイエンス・アグリテック
アドリアカイム 急性心筋梗塞救命後の重症化を減らす治療機器の開発 ライフサイエンス・アグリテック
ファイメクス タンパク質分解誘導を作用機序とする医薬品開発 ライフサイエンス・アグリテック
凜研究所 がん・その他領域の治療用抗体と診断薬の開発 ライフサイエンス・アグリテック
リベロセラ 膜タンパク質を標的とする治療薬の創出 ライフサイエンス・アグリテック
Heartseed iPS細胞を用いた心筋再生医療 ライフサイエンス・アグリテック
Axial Therapeutics マイクロバーオーム腸脳連関創薬 ライフサイエンス・アグリテック
メドミライ メタボの医療機器プログラム ライフサイエンス・アグリテック
グランドグリーン 植物ゲノム編集技術 ライフサイエンス・アグリテック
Chordia Therapeutics がん治療薬開発(RNA制御異常) ライフサイエンス・アグリテック
DEM BioPhrma 次世代免疫治療薬 ライフサイエンス・アグリテック
reverSASP Therapeutics 細胞老化関連創薬 ライフサイエンス・アグリテック
Carbon Biosciences 次世代遺伝子治療ベクター・治療薬 ライフサイエンス・アグリテック
Synspective 小型SAR衛星の開発・運用とデータソリューションの提供 宇宙
アクセルスペース 超小型衛星の開発・運用及び取得データによるソリューション提供 宇宙
Astroscale Holdings スペースデブリ(宇宙ごみ)除去・軌道上サービス 宇宙
Xenoma スマートアパレルの開発と関連サービスの提供 ハードウェア
TELEXISTENCE 遠隔操作・知能化ロボット開発 ハードウェア
QDレーザ 半導体レーザ応用製品(弱視者用アイウエア、シリコンフォトニクス) ハードウェア
スペクトロニクス 高品質微細加工用レーザの提供 ハードウェア
BionicM 下肢切断者のモビリティを向上させるパワード義足の開発 ハードウェア
HarvestX 農作物の完全自動栽培機器の開発・販売 ハードウェア
Yanekara 電気自動車をエネルギーストレージ化する充放電システムを開発 ハードウェア
TopoLogic トポロジカル物質の研究開発 ハードウェア
ウェルスナビ 資産運用ロボアドバイザー IT・サービス
Onedot 育児プラットフォームと越境EC支援 IT・サービス
BIRD INITIATIVE 共創型R&Dサービスによる顧客と社会のDX加速 IT・サービス
ソナス IoT向け省電力無線通信技術 IT・サービス
カイゴメディア 介護系動画・SNSメディア運営 IT・サービス
トレードワルツ ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携プラットフォーム IT・サービス
VividQ 3Dホログラフィーのプラットフォーム基盤 IT・サービス
ウェルモ 介護福祉プラットフォーム IT・サービス
Alumnote アラムナイネットワーク構築プラットフォーム IT・サービス
ベター・プレイス 福祉業界向け退職金サービス等 IT・サービス
SIGNATE デジタル人材教育SaaS IT・サービス
メディフォン 医療通訳&健康管理SaaS IT・サービス
Gaussy 倉庫ロボットサブスク&シェアリングサービス IT・サービス
Yoii RBFプラットフォーム IT・サービス
テックオーシャン 理系人材のダイレクトリクルーティング IT・サービス
イマクリエイト VR/AR/MRシステムの開発 IT・サービス
コネクテッドロボティクス 調理ロボットシステムの開発と販売 AI
アイデミー AIオンライン学習サービス/AIプロジェクトの内製化支援 AI
アーバンエックステクノロジーズ 道路点検等、都市インフラのリアルタイムデジタルツインの構築 AI
ARAV 重機の遠隔・自動化による現場のDX化 AI
Citadel AI AI品質の自動化モニタリング AI
DataLabs 点群からの建築3DモデリングSaaS AI
アダコテック 製造業検品AI AI
Mantra マンガ翻訳AI AI
LeadX 製造業向けSaaS AI
FLARE SYSTEMS ソフトウェア基地局 AI

公式ホームページより筆者作成

初値が公募価格の2.1倍となったモダリス

過去5期で赤字は出しておらず、順調に利益を出しています。

東大ICPらしい案件が、2020年8月3日に新規上場したモダリス<4883>。初値は公募価格1,200円に対して2.1倍の2,520円をつけました。

モダリスはゲノム編集技術を活用して遺伝子治療薬を開発する会社。東京大学が基盤技術に関する独占ライセンスを持っています。モダリスがターゲットとするのは、先天性筋ジストロフィーなどの治療薬が存在しない希少遺伝性疾患。患者数は多くないものの、疾患のすべてを合わせると全世界で4億人の患者が存在します。

代表取締役社長の森田晴彦氏は、東京大学大学院分子細胞生物学博士課程修了後、麒麟麦酒(現:協和キリン<4151>)に入社。バイオベンチャーの経営企画部長やコンサルティング会社などでビジネス感覚を身に着けた後、免疫制御医薬品を開発する会社を起業します。臨床試験の成功など一定の成果を出した後に退社。東京大学でタンパク質・核酸の立体構造研究を行う濡木理教授の勧めでモダリスの前身となるエディジーンを設立しました。

モダリスは2017年12月にアステラス製薬<4503>との間で拡大共同研究契約を締結。2019年11月にエーザイ<4523>とも共同研究契約を締結しています。

2018年には経済産業省が推進するスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」に選定されるなど、政府や大手製薬会社からの注目される会社へと素早く成長しました。

東大ICPのライフサイエンス・アグリテック関連の出資先は18件。特にライフサイエンス領域でのIPOに期待がかかります。

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