TOBが発表されたのに株価が上がらないのはなぜ? 東芝の事例から

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TOBが発表されたのに株価が上がらないのはなぜ?~東芝の事例から~

「TOB」っていったい何?

株式投資をしていると良く耳にする言葉の1つに「TOB」というものがあります。時にはご自身が株式を保有している会社がTOBの対象になることもあるでしょう。

TOBとは「Take Over Bid」の頭文字を取ったもので、日本語では「株式公開買い付け」と呼ばれます。

我が国のルールとして、上場企業の株式を大量に取得しようとするときは、このTOBの形式により買い付けの意思表示を行い、決められた手順に従って買い付けを実行する必要があります。

TOBの対象となった会社の株価は通常「プレミアム」がつく

一般的には、TOBの対象となった会社の株価は上昇します。なぜなら、買収する側(買収元)が、買収される側(買収先)の株式を欲しい数量だけ集めるには、今ついている株価よりある程度高い水準でなければ既存の株主が買い取りに応じてくれないからです。

TOBによる買付価格と、TOBの発表前についていた株価との差額を「プレミアム」と呼びます。プレミアムはTOB発表前の株価の30%~40%程度となることが多いようです。ですから、例えばもともと1000円の株価だった会社の買付価格が30%アップの1300円となる、というイメージです。

TOBに応募した株主全員から1300円で買い付けを行うというケースであれば、株価は1300円に限りなく近い水準で推移することになります。株式市場で1300円未満で買って、TOBに応募すればそれだけで利益を得ることができるからです。

買付価格が現在の株価を下回るケースも

ただし、時にはTOBの買付価格にプレミアムがつかず、逆にTOB発表前の株価よりも安い買付価格が提示されることもあります。これを「ディスカウントTOB」と呼びます。

このディスカウントTOBが実施されるケースは限られていて、企業救済的な側面が強かったり、企業グループ内の株式移転を行うようなときです。

前者は、例えば経営不振に陥っている企業を救済する会社が現れ、現在の大株主がその会社に対してマーケットでついている金額より低い金額で売却を行うような場合です。

このままだと経営破たんで株式が無価値になるかもしれないという状況であれば、マーケットでついている株価より低い金額であっても、救済して立て直してもらう方が得策といえます。

ちなみに、このようなケースでは、救済する会社に対して大株主がTOBに応じることが確約されているため、安い買付価格であってもTOBが成立することになります。

後者は、企業グループ内で株式を移転するのであれば、株価を今の水準より高める必要もなく、逆に低い方が買付側の企業の資金負担も少なく済むため、ディスカウントされるというケースです。

・ディスカウントプレミアムの事例

東芝株はTOBの買付価格を下回っている

では、東芝<6502>のケースはどうでしょうか?

東芝に対しては、2023年3月23日、投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)がTOBを行うことを正式発表しました。

この時発表された公開買付価格は4620円でした。3月23日の終値は4213円でしたから、プレミアムはおよそ9.7%でした。30~40%程度つくことが多いプレミアムですが、東芝のプレミアムはかなり見劣りがしてしまいます。

また、そもそもJIPは2022年11月にTOBの買付価格を5200円と提示していたにも関わらず、その後の東芝の業績下方修正を受け、4620円まで買付価格を引き下げたという経緯があります。

足元の東芝の株価をみると、4月24日時点で4415円と買付価格より5%近く低い水準で、ここ1か月ほどはほぼ4400円台を横ばいで推移しています。

なぜTOBの買付価格を下回っているのか?

なぜ東芝株はTOBの買付価格を下回っているのでしょうか? これには2つの切り口から考える必要があると思います。

まず、そもそもTOBの買付価格より5%も下にあるという点です。今回のJIPによる東芝のTOBは、応募株数に上限がないので、応募すれば全て4620円で買い取ってくれるはずです。ですから、現時点の株価は4620円に限りなく近い水準にまで達していないとおかしいということになります。

ではなぜ4620円近辺まで株価が上がらないのでしょうか。考えられる理由の1つは、そもそもTOBが成立しない可能性があることを投資家が予測している点です。

今回のTOBは、東芝の発行済み株式総数の66.7%、つまり全体の3分の2の株数を超える応募がなければ不成立となります。

TOBに応募しても、TOBそのものが不成立になれば、4620円で買い取ってもらうことはできなくなります。そのリスクを考慮した株価として、4400円近辺で推移しているものと考えられます。

なぜ株価がTOBの公開買付価格を超えないのか?

そしてもう1つの切り口から考えてみます。それは、なぜ株価が4620円を超えないのか?という点です。

もし東芝のTOBが不成立に終わるならば、東芝株は上場廃止とはならず、上場が維持されます。

上場が維持されるとしたら、株価はTOBの公開買い付け価格である4620円に縛られることはなくなります。もし東芝の企業価値が高く評価されるのであれば、4620円を大きく超えることも十分あり得るはずです。

ところが実際には4620円を超えることができずに推移しているということは、投資家にとって現時点での東芝の企業価値が4620円を下回ると考えていることになります。

ここで次のような大いなる矛盾が生じてしまっています。

・TOBの公開買付価格4620円はあまりに安いのでTOBの応募が伸び悩み、不成立に終わる
・現時点での東芝の株価が、東芝株の企業価値を表しているとすると、東芝株は4620円を下回る価値しかない

つまり、4620円という公開買付価格はあまりにも安いが、かといってそれ以上の企業価値も見いだせないというジレンマが投資家の間に生じている・・・。それが足元の株価が意味していることなのではないかと筆者は思っています。

TOBが実施されるのは2023年7月下旬の予定ですので、それまでに東芝を取り巻く環境の変化により、株価も変動していくと思われます。

もし7月下旬に向けて株価が4620円に近づいていくのなら、TOB成立を織り込む動き、4620円を超えて推移するのであればTOB不成立で上場維持、もしくは公開買付価格の引き上げを期待している動きといえそうです。

ここからの東芝株の株価の動きには要注目です。

※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。

文:公認会計士・税理士 足立武志(足立公認会計士事務所代表)