携帯料金が下がってからが怖い?「NTT・ドコモ一体化」の未来

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携帯通信料金の値下げは菅政権の経済政策の目玉だ。

NTT<9432>が2020年9月29日、子会社のNTTドコモ<9437>TOBで完全子会社化し、上場を廃止すると発表した。菅義偉政権が掲げる「再編による競争力強化」と「携帯料金の引き下げ」に、早速呼応した形だ。果たして、この「大型再編」は日本の携帯通信料金引き下げにつながるのだろうか?

菅政権の誕生で「長年の希望」の完全子会社化へ

菅首相は自民党総裁選で「企業再編による競争力強化が必要」「携帯電話料金は値下げすべき」と強く訴えていた。とはいえ、菅首相の意向でNTTがドコモを完全子会社化すると考えるのは早計だろう。

ドコモは独立志向が強く、NTTは長年にわたって手を焼いてきた。大星公二元社長が「社名からNTTを外すことも考えている」と発言し、NTTの宮津純一郎元社長の逆鱗に触れたこともある。NTTは現在ドコモ株の66.2%を保有しており、持ち株比率をみれば完全に経営をコントロールできる。

だが、NTTは自社の意向がドコモの経営に反映されないことへの不満を抱えていた。2020年5月には澤田純NTT社長の「懐刀」といわれる井伊基之副社長をドコモの副社長として送り込んでいる。ここに来て「企業再編」と「携帯電話値下げ」を掲げる菅政権が誕生したのを、NTTは完全子会社化の好機と捉えてドコモ株のTOBを決断した可能性が高い。

加藤勝信官房長官は29日午前の定例記者会見で、NTTによるドコモの完全子会社化について「報道は承知しているが、NTTからはまだ決定したとは聞いていない。それ以上のコメントは政府として差し控えたい」としながらも、「各社が料金の引き下げについて積極的に検討を進めることを期待していきたい」と、再編による料金値下げを歓迎する姿勢を示した。

NTTとドコモの一体化で料金は下がるのか?

だが、NTTとドコモが一体化したとして、菅首相の思惑通り健全な競争による料金値下げが実現できるかどうかは疑問だ。元々は一体だったNTTとドコモが分割されたのは、当時の政府が携帯電話を普及させるための料金値下げを促す競争促進策の一環だった。

競争原理の導入は料金値下げの「王道」であり、菅首相自身も「携帯電話の大手3社が9割の寡占状態を長年にわたり維持し、世界でも高い料金で20%の営業利益を上げ続けている」と指摘している。

TOBが成立してNTTとドコモが一体化すれば、NTTグループがauブランドを持つKDDI<9433>やソフトバンク<9434>を資金力で大きく引き離すことになる。豊富な資金を背景として一時的に値下げを実現したとしても、競合各社が価格競争に太刀打ちできず疲弊すれば「NTT1強」という事実上の独占状態となり、携帯通信料金は再び上昇する可能性すらある。

菅政権としては仮にそのような事態になっても、政府が通信料金の値下げを主導する考えなのかもしれない。だが「官製料金」は、技術のアップデート(更新)が激しいICT(情報通信技術)市場には適さない。料金高止まりのリスクよりも恐ろしいのは、料金値下げで収益が圧迫され技術革新投資ができない事業者が出てくることだ。

たとえば次世代の6G(第6世代移動体通信)に投資できるのがNTTグループ1社だけという状況になった場合、他社が5Gに留まる中で同社が積極的に6Gネットワークに投資するとは考えにくい。もちろん政府から強い要求があれば取り組むだろうが、そのスピードは3社が競ってエリア拡大した3Gや4Gとは比べ物にならないぐらい遅いはずだ。そうなれば日本の移動体通信環境は海外から大きく後れをとることになる。

ドコモを完全子会社化したNTTグループとKDDI、ソフトバンク、新規参入で苦戦する楽天モバイル、さらには低料金で契約件数を伸ばしながらも経営規模がはるかに小さいMVNO(仮想移動体通信事業者)との競争環境をいかに維持するかが、菅政権の課題になるだろう。

ただ、料金値下げのレベルをNTTグループに合わせれば、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの競合企業は追随できず経営が傾く。逆に競合企業に合わせれば、NTTグループは巨額の利益を得ることになる。「官製料金」による料金値下げは、NTTグループの「独占」か「一人勝ち」を招く危険性が極めて高いのだ。

文:M&A Online編集部