【検証】そごう・西武の売却 2000億円は妥当な金額なのか

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M&A Online編集部撮影(2022年1月)

売却価格2,000億円以上は高いのか、安いのか

2022年1月31日、日本経済新聞がセブン&アイ・ホールディングス<3382>が100%子会社の株式会社そごう・西武を売却することを検討していると報じました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC300E10Q2A130C2000000/

各社報道によれば、アクティビスト株主のバリューアクト・キャピタルからコンビニ以外の事業を売却しコンビニ事業に専念するよう要求があったこと、もともとセブン&アイ・ホールディングスの経営計画上、成長の主戦場を北米としており、国内の百貨店事業は赤字が継続しておりノンコア事業と考えられることなどが背景にある模様です。

売却価格は未定ですが、観測報道では2,000億円以上などと取り沙汰されています。

ではこの価格は果たして高いのでしょうか、安いのでしょうか?

公表後の株価の反応

まず、本件公表後のセブン&アイの株価の動きを見てみますと、報道の翌日2/1から2/3にかけて株価は上昇し、1/31終値で4.95兆円であった時価総額が2/3終値で5.26兆円に上昇しました。

日付 株価(終値) 時価総額
2022/01/31 5,593円 4.95兆円
2022/02/01 5,838円 5.17兆円
2022/02/02 5,830円 5.16兆円
2022/02/03 5,935円 5.26兆円
2022/02/04 5,786円 5.12兆円
2022/02/07 5,794円 5.14兆円

(出所)Bloombergより筆者作成

時価総額の上昇幅は3000億円以上と、売却代金の2000億円を大きく上回っています。その後2/7には5.14兆円まで下落し、時価総額上昇幅は1780億円程度に縮小しましたが、これを見る限り株主の総意としてはそごう・西武の価値はせいぜい300億円弱、下手をすればマイナス1000億円とみており、2000億円で売却できれば上出来とみているものと考えられます。

同業他社との比較

次に、株価指標を算出して同業他社と比較してみたいと思います。

まず、そごう・西武の財務情報を見てみましょう。

セブン&アイは、セグメント情報で他の子会社との合算ベースの数値を公表してはいますが、2022年3月期にセグメント範囲の変更を行うなど過去との連続性のある数値が開示されていないため、セグメント情報からそごう・西武の業績を読み解くことは困難です。

そこで、唯一の単独の情報開示として、官報決算公告を見てみます。

2021/5/31の官報に記載された2021年2月期の決算公告は以下の通りでした。

2021年2月期はコロナウィルス問題による緊急事態宣言や蔓延防止措置等の影響で事業が大きく圧迫されておりますので、営業損失6,691百万円、当期純損失17,239百万円と言う非常に厳しい業績となっています。また、純資産は44,781百万円ですが、累計損失が26,041百万円あり、長期的に累損を回収できていない状態です。

さて、この限定的な財務情報から2000億円という価格が高いか安いかを考えたいと思います。

PSR(株価売上高倍率)による比較

通常、M&A取引は将来予想に基づくEV/EBITDA倍率で価格を議論することが一般的ですが、セブン&アイは西武・そごうのEBITDAの事業計画を公表していないため、将来予想に基づくEV/EBITDA倍率で価格を議論することは今回は困難です。

また、直近実績ベースでも、上記の通り、減価償却費が開示されておらずEBITDAを計算できないこと、有利子負債残高が開示されておらず事業価値(EV)が計算できないことから、実績ベースでもやはり困難です。

次善の策としては、PERを比較することが考えられますが、上記の通り、そごう・西武は単独の事業計画を開示しておらず、直近実績赤字であるため実績ベースのPERも算出不能です。

こうなると、最後の手段として、PSR(株価売上高倍率)を使用せざるを得ません。

PSRは理論的根拠が弱く評判の悪い株価指標ですが、利益率に大きな差がなく、マーケットが成熟しており、もっぱら売上高の多寡が業績の差異を説明しうるようなケースでは簡便法的に一定の有用性を発揮することもあり、特に百貨店を含む小売業の企業間比較ではある程度の有用性が認められていますから、今回は利用可能とみてよいでしょう。

まず、報道されている「2000億円」を株式価値として、21/2期の売上高でPSRを算出すると、以下の通り0.5倍となります。

次に、百貨店の主要4銘柄の2022/1/31(報道前日)の終値を基準に、そごう・西武の直近情報と時期をそろえた2021/2期・2021/3期の売上高に対するPSRを算出すると、以下の通りです。

これを見る限り、4社のPSRは0.1倍から0.5倍までかなり開きがあるものの、最も高い近鉄百貨店と同程度のPSRであるため、やはりかなり強気の価格と考えられます。

報道では、店舗立地から不動産価値に着目して十分に価値があると判断し応札するファンドがいくつかあるようだとの観測もなされていますが、本当にそれだけの価値があるのかどうか、各店舗の不動産登記情報を取得して近隣公示地価や借地権割合などから不動産価値を推計してみるのも面白いかもしれません。

文:巽 震二(証券アナリスト/フリーランス・マーケットアナリスト)

※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。