なぜ、ロート製薬は農業も再生医療も手がけるのか? 非連続な成長を生む「掛け合わせ」のつくり方

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(左から) 三井住友銀行 スタートアップ推進部 部長 松田 岳大氏 株式会社 Eサーモジェンテック 代表取締役 岡嶋 道生 氏 ロート製薬株式会社 生産管理部 部長 兼DX推進マネジメントコーディネーター 加藤 大樹 氏 経営企画部 企業連携・創出グループ マネージャー 小久保 香苗 氏 イーセップ株式会社 代表取締役 澤村 健一 氏 株式会社ABAKAM 代表取締役 松本 直人 氏 株式会社ストライク イノベーション支援室アドバイザー 舩津 朗

ストライク<6196>は5月14日、グラングリーン大阪 北館 JAM BASE内のHOOPSLINK KANSAIでスタートアップと事業会社の交流イベント「第56回S venture Lab.」を開催。「ロート製薬に学ぶ、非連続な成長を生む『掛け合わせ』とは」をテーマに、ロート製薬株式会社から、生産管理部 部長 兼 DX推進マネジメントコーディネーターの加藤大樹氏と、経営企画部 企業連携・創出グループ マネージャーの小久保香苗氏をゲストに迎えたトークセッションが行われた。

創業以来、目薬やスキンケアにとどまらず、再生医療、食、農業、コンパニオンアニマル領域へと事業を広げてきたロート製薬。その成長の背景には、M&Aやスタートアップ連携といった“外部との掛け合わせ”だけでなく、それを動かす独自の企業文化があった。スタートアップ関係者はもちろん、新規事業を模索する事業会社にとっても示唆の多い内容となった。

関西発の共創を支える、HOOPSLINK KANSAIという「場」

冒頭では、共催の三井住友銀行が、会場であるHOOPSLINK KANSAIの取り組みを紹介した。HOOPSLINK KANSAIは、多彩なスタートアップエコシステムの連携を通じて、関西から「新たなビジネス」の創出と「社会的価値」の創造を目指す拠点だ。大学発スタートアップの創業支援や販路拡大支援に加え、大企業・中堅企業の新規事業創出、大学やスタートアップとの連携支援、CVC投資先のバリューアップ支援なども行う。

三井住友銀行 スタートアップ推進部 部長  松田 岳大氏
三井住友銀行 スタートアップ推進部 部長 松田 岳大氏

施設は約82坪で、イベントスペース50席、ミーティングルーム12席、Web会議ブースを備える。平日9時〜17時に利用でき、SMBCグループと一緒にイノベーション創出に取り組む人々に開かれている。

ロート製薬の成長を貫く軸は「Well-being」

セッションでは、まずロート製薬の全体像について、小久保氏が説明した。ロート製薬は1899年創業の医薬品、化粧品、機能性食品等の製造販売会社で、2025年3月期の連結売上高は3086億円。小久保氏は、一般には目薬のイメージが強いものの、実際にはスキンケアが事業の大きな柱になっていると紹介した。また、同社の総合経営ビジョン2030は「Connect for Well-being & Longevity」であり、医薬品やスキンケアにとどまらず、さまざまな事業を通じて人々のWell-beingをつないでいく考え方が根底にあると語った。

ロート製薬株式会社 経営企画部 企業連携・創出グループ マネージャー 小久保 香苗 氏
ロート製薬株式会社 経営企画部 企業連携・創出グループ マネージャー 小久保 香苗 氏

成長戦略についても、小久保氏は、セルフケア事業のグローバル展開と新分野への拡大、Well-beingなライフスタイルの提供、メディカル事業の基盤構築という3つの方向性を示した。アイケア・スキンケアだけでなく、ヘアケアやフェムケア、食品や内服、さらには再生医療やCDMOまでを含む広い射程で成長を描いている点が印象的だった。

創業以来、社会課題に向き合ってきた歴史

ロート製薬の事業拡張は、目薬や化粧品のヒットだけで説明できるものではない。小久保氏は、創業以来の歩みをたどりながら、同社が常に社会課題を起点に新領域へ踏み込んできた歴史を紹介した。

創業時の胃腸薬「胃活」は、「万病の元は胃にあり」という考えのもと開発された。1909年には、当時流行していた眼病トラコーマから目を守るために点眼薬「ロート目薬」を展開。1985年には妊娠検査薬「チェッカー」を発売し、早期に妊娠に気づくことで母体と子どもの健康を守ることを目指した。さらに2013年には再生医療研究をスタートし、既存の治療では対応しきれないアンメットメディカルニーズにも踏み込んでいる。

ロート製薬は商品カテゴリーではなく、「人の健康や生活の質にどう貢献するか」で事業を選んできたことがわかる。既存事業の延長線だけでなく、未充足のニーズに応じて領域を広げてきた点が、現在の多角化の土台になっている。

外部連携を起点に生まれる新たな価値創出

ロート製薬の非連続成長を支えてきた具体策として、小久保氏が強調したのがアライアンスとM&Aだ。最初の大きな転機は、1975年にメンソレータム社から商標の専用使用権を取得し、外皮用剤分野に進出したことだった。1988年には同社を買収し、これが海外進出の足がかりになったと小久保氏は語った。つまり、メンソレータム案件は単なるブランド取得ではなく、スキンケアという新しい事業の柱と、グローバル展開の両方をもたらした案件だった。

ロート製薬の非連続成長の歩みについて事例を交えて説明する小久保氏
ロート製薬の非連続成長の歩みについて事例を交えて説明する小久保氏

その後も、2001年には機能性化粧品「Obagi」を日本で発売し、ダーマスキンケアに本格参入。2014年にはポーランドのダクス・コスメティクス社を買収してヨーロッパ・中東市場を拡大し、2019年には日本点眼薬研究所(現・ロートニッテン)の買収によって医療用分野も広げた。さらに2024年には、シンガポールのユーヤンサンの株式取得で内服薬事業を拡大し、オーストリアのMono chem-pharm Produkteの株式取得でヨーロッパのアイケア事業を強化した。

小久保氏の説明からは、同社がM&Aを「足りない機能を補う」だけでなく、「次の成長の柱をつくる」手段として使ってきたことがよく分かった。ライセンス契約から始まり、資本提携、買収へと関係を深めていく流れも、同社らしい特徴だ。

農業、食、ペットケアも「飛び地」ではない

新規事業の話題で特に印象的だったのは、ロート製薬の新規事業が一見すると“飛び地”に見える領域にまで広がっていることだ。たとえば食品事業に関して、ロート製薬は「健康は食から」という考え方のもと、薬に頼りすぎない製薬会社を目指して食品事業にも取り組んでいる。大阪市の「ロートレシピ」、奈良県宇陀市の「はじまりや」、沖縄県石垣市の「やえやまファーム」などがその具体例だ。

さらに、伴侶動物の健康を支えるコンパニオンアニマル事業にも進出している。これらの取り組みについて小久保氏は、外から見ると飛び地に見えるかもしれないが、ロート製薬の中ではすべてWell-beingという軸でつながっていると説明した。薬、食、生活習慣、動物との暮らしまでを視野に入れて健康価値を捉える発想が、同社の事業の広がりを支えている。

スタートアップ投資は「出資ありき」ではなく協業前提

ロート製薬では、M&Aに加えて、アカデミアや企業との連携、シナジーを重視した投資、行政や地域との協働、ビジネスマッチングなど、多様な形でオープンイノベーションを進めている。小久保氏は、同社には専属のCVCはないが、自らの部門でスタートアップ投資も担っていると紹介した。

当日のイベントの様子
当日のイベントの様子

そのうえで小久保氏は、スタートアップ投資について「協業することが前提」と明言した。IPOの可能性だけを見て出資を判断するのではなく、自社のアセットと相手の技術を掛け合わせてどんな価値を生み出せるかを重視しているという。事例としては、音声バイオマーカーを活用して心身の状態を可視化するPST株式会社との協業が紹介された。PSTは、音声バイオマーカーを用いた医療機器やヘルスケアソフトを開発するスタートアップであり、ロート製薬はその技術を従業員のWell-being向上施策にも生かしているという説明だった。

「生煮え」で持ち込める組織が、スピードを生む

ロート製薬の特徴として繰り返し語られたのが、意思決定の速さを支える企業文化だ。加藤氏は、上層部との距離が近く、「生煮えの状態」で案件を持ち込めることが大きいと説明した。つまり、案件が完全に固まる前の仮説段階でも、上層部と議論できる文化があるということだ。

ロート製薬株式会社 生産管理部 部長 兼DX推進マネジメントコーディネーター 加藤 大樹 氏
ロート製薬株式会社 生産管理部 部長 兼DX推進マネジメントコーディネーター 加藤 大樹 氏

加藤氏は、完成した事業計画や精緻な財務モデルを整えてからではなく、その前の柔らかい段階で「こういうことができると思うんです」と持ち込むことが重要だと説明した。こうした文化があるからこそ、スタートアップとの協業や新規事業で求められるスピード感を維持できる、というのが加藤氏の見立てだった。大企業にありがちな承認フローの長さが、オープンイノベーションの障壁になりやすい中、これは大きな差別化要因といえる。

出資ありきではなく、「何を一緒にやるか」を先に考える

投資やM&Aの判断軸についても、加藤氏の発言は明快だった。加藤氏は、マイノリティ出資にするか、より大きな資本参加にするかといった手法から先に考えるのではなく、「その会社さんと何をしたいか」「どんな価値を一緒に出していきたいか」から入ると説明した。結果として少額出資になることもあれば、将来的により深い関係を目指すこともあるが、あくまで目的が先で、手法は後から決まるという考え方だ。

また加藤氏は、ロート製薬では「出資ありきで考えていない」とも語った。相手企業が成長しそうだとかIPOしそうだといった理由だけで出資が決まることはないという。ここにも、財務リターン中心ではなく、事業シナジー中心でスタートアップ連携を捉えるロート製薬らしさが表れていた。

PMIでも「ロート化しない」、だから掛け合わせが生きる

M&A後の統合、いわゆるPMIについて、加藤氏は買収先を無理に「ロート化しない」という方針を明確に示した。象徴的な事例として挙げられたのがメンソレータム社で、現地主体のマネジメントを維持しており、特に海外ではローカルの経営陣に権限を委譲しているという。過去の成功体験からも、相手の文化や現場感覚を尊重する方が成果につながると考えているためだ。

ロート製薬のM&Aが単なる取得で終わらず、継続的な成長につながっている背景には、この「ロート化しない」姿勢がある。これは、スタートアップとの連携にも通じる視点だ。大企業側の論理で相手を自社仕様に染めるのではなく、違いを残したまま価値を掛け合わせる。異質なものを排除せず、むしろ取り込むことで非連続な成長が生まれるというメッセージが込められている。

部門の壁を越える制度が、共創の実装力を高める

企業文化を支えているのは、精神論だけではない。ロート製薬では、人事異動に加え、「兼務」と「ダブルジョブ制度」によって部門横断の動きを促している。小久保氏によると、ダブルジョブ制度は社員が自ら手を挙げて別部門の仕事に参加できる仕組みで、約1800人の社員のうち約250人が兼務またはダブルジョブを活用しているという。小久保氏は、こうした制度が他部門との接点を増やし、オープンイノベーション案件を実装する土台になっていると説明した。

一方、評価制度について、加藤氏は、売上やコストダウンだけでなく、新しいことに取り組むプロセスや、次につながる価値を重視していると述べた。「この人のやった仕事は、世の中にとってどんな価値があったのか」という観点で見ているからこそ、兼務やダブルジョブでも成果の取り合いになりにくいという。


毎週金曜日の全社朝礼で新しい取り組みを共有し、幹部のメッセージを直接社員に届ける仕組みも紹介した。人の移動、情報の透明性、そして価値を基準にした評価。この3つが噛み合うことで、ロート製薬の共創文化は日常的に回っているようだ。

未知の領域に飛び込むことが、次の成長をつくる

セッションの締めくくりで、小久保氏は「ロートだけではできないことは本当にたくさんある」と述べ、さまざまな事業会社やスタートアップと一緒に新しい価値を社会に提供していきたいと呼びかけた。ロート製薬とできそうなアイデアがあれば提案してほしい、というメッセージからは、協業への強い意欲が感じられた。

加藤氏もまた、成功事例だけでなく、実際にはうまくいかないことも多いと率直に認めたうえで、それでも挑戦を続ける理由を語った。加藤氏は、「非連続な成長というのは、そもそも変わること、違うものを提供すること」だと語った。目薬やスキンケアの会社という認知に安住せず、再生医療、食、農業、内服、動物向け領域へと進み続けるロート製薬。その根底にあるのは、外部の力を借りながら新しい価値をつくるという強い意思だ。「我々にとっては全く未知のものでも、好奇心を持って飛び込んでいく」と締めくくった。

ロート製薬の事例が示していたのは、非連続な成長が派手なM&Aや新規事業だけで生まれるのではないということだ。Well-beingというぶれない軸を持ち、外部との掛け合わせを前提にし、仮説段階から動ける文化を育てる。その積み重ねが、目薬の会社という枠を超えた現在のロート製薬を形づくっている。

低温排熱発電とセラミック分離膜で2社がピッチ

株式会社 Eサーモジェンテック 代表取締役 岡嶋 道生 氏
株式会社 Eサーモジェンテック 代表取締役 岡嶋 道生 氏

第二部では、省エネ・GX領域のディープテック系スタートアップ2社が登壇した。株式会社 Eサーモジェンテックは、300℃以下の低温排熱から経済性のある発電を可能にするフレキシブル熱電発電モジュールを紹介し、IoT向け自立電源と工場向けキロワット級省エネシステムによってメンテナンスコストを10分の1以下に抑えつつ、将来的に発電コスト10円/kWh未満を目指すと説明した。

イーセップ株式会社  代表取締役 澤村 健一 氏
イーセップ株式会社 代表取締役 澤村 健一 氏

イーセップ株式会社は、化学プラントの分離工程を大幅に省エネ・小型化するセラミック分離膜技術を紹介し、エネルギー消費を半分以下、設備規模を10分の1以下にする構想や、2026年中の実機導入、2029〜2030年のIPOを見据えた資金調達状況を共有した。いずれも、エネルギー多消費産業の脱炭素とGXを支える技術として、コメンテーターとの質疑も交えつつ、参加者の高い関心を集めた。