「企業価値向上」と「一般株主利益の確保」が一致しないユニゾTOBの難しさ

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続・ユニゾHD「基本方針」で考える従業員の雇用保障と「企業価値向上」概念

前回記事 (記事はこちら)にて触れたホテル・不動産事業を行うユニゾホールディングス(以下「ユニゾHD」という。)と複数買い手候補者との間の買収交渉について、その後の事情を踏まえつつ、法務アドバイザーの観点から「企業価値向上」と「一般株主利益の確保」が一致しないユニゾTOBの難しさについて改めて思案してみたい。

10/2以降のユニゾの動き

ユニゾHDの適時開示によると、前回記事を公開した10月2日以降、本日までの本案件の動きの概要は以下のとおりである。

10月
3日   
フォートレス(公開買付者となる買収SPCはサッポロ合同会社)が、公開買付期間を10月7日までから10月17日までに延長する。
10日    ブラックストーン・グループ(以下「ブラックストーン」という。なお、これまでは「世界最大手の投資ファンドである第三者」と名称が伏せられていた。)による修正買収提案に対して、ユニゾHDは、同社が9月27日付で公表した「当社への買収提案に対する対応の基本方針について」(以下「基本方針」という。)に示した従業員保護の仕組みが確認できていないとして、当該買収提案を応諾しないことを決定する。
〃    ユニゾHDの大株主であるエリオットによる質問書に対し、ユニゾHDが見解を公表する(後述)。
16日    ブラックストーンが、ユニゾHDとの合意書締結を条件として、公開買付価格1株あたり5千円で公開買付けを行う旨の意向を表明する(後述)。
〃  ユニゾHDが、エリオットによる追加質問書及びこれに対する見解を公表する(後述)。
17日   フォートレスが、公開買付期間を10月17日までから11月1日までに延長する。
21日    ユニゾHDが、フォートレスによる公開買付けに対して引き続き意見を留保し、フォートレスと継続協議することを公表する。
24日    ユニゾHDが、ブラックストーンとの合意書締結期限を10月28日までとして継続協議する意向を表明する。
25日   フォートレスが、公開買付期間を11月1日までから11月11日までに延長する。
29日   ユニゾHDが、ブラックストーンとの合意書締結期限を11月6日までとして継続協議する意向を表明する。
11月
7日   
ユニゾHDが、ブラックストーンとの合意書締結期限であった11月6日までに合意に至らながったが、引き続き継続協議する意向を表明する。
11日  フォートレスが、公開買付期間を11月11日までから11月15日までに延長する。

以上のように、本日現在、ユニゾHDは、フォートレス、ブラックストーンのいずれに対しても合意に至っていない状況にある。

ブラックストーンとエリオットの見解

前回記事では、ユニゾHDの基本方針及びそれに基づく仕組みが、極めて従業員保護を強調するものであることによる問題点を指摘したが、この点に関して、ブラックストーン及びエリオットは、ユニゾHDに対して興味深いコメントを表明している。

以下では特に印象的なものを紹介する。

エリオットによるコメント

10月9日付質問書(10月10日付開示)

●ユニゾHDの基本方針が、エイチ・アイ・エスによる公開買付けへの反対意見表明に先立って公表されなかったのはなぜか。
●基本方針の内容が企業価値にとって重要であるとすれば、上場会社であるユニゾHDのこれまでの経営においてどのように実現・担保されてきたのか。
●フォートレスの公開買付届出書訂正届出書には、ユニゾHDが、その保有する米国不動産の大部分を売却し、フォートレスグループに売却し、その代金を「ユニゾ従業員等出資の会社」が「その時点で全てのユニゾHD株式を保有している公開買付者の出資持分及び公開買付者に対する匿名組合出資持分を取得する」ために利用することを企図する内容の計画を提示したとの記載がある。従業員以外の出資者は誰か(この「等」の意味する内容は何か)。このような計画は著しい利益相反のおそれを内包しており、貴社役員が当該会社に出資したり、影響力を及ぼしたりすることを排除する仕組みが必要ではないか。
●エリオットとしては、エイチ・アイ・エス及びフォートレスによる公開買付けに対するユニゾHDのこれまでの対応に現れた開示内容の欠落及び利益相反のおそれについて重大な懸念を抱いている。

10月15日付追加質問書(10月16日付開示)

エリオットは、以上の質問に対するユニゾHDの回答について、同社から全く回答されなかった点や、回答が十分でない点が多々あったとして、以下のような追加質問を行っている。

●ユニゾHDがフォートレスの公開買付けに対して意見を賛同から留保に変更したのは、「事業及び資産の売却等による実質上の解体」が懸念されたことにもあるようだが、具体的に何を指すのか。中期経営計画では、物件売却金額として約 2,000 億円の数値目標を掲げているが、このような物件売却の方針と、当該資産の売却等による実質上の解体にはどのような違いがあるのか。
●従業員持株管理会社による強い関与を及ぼすといった仕組みは、いつ、ユニゾHDのいかなる方の主導のもとで検討開始され、従業員のいかなる方との間で提案・協議が行われ、内容が固められるに至ったのか。
●従業員持株管理会社における取締役による関与を排除する方法が同管理会社の設立当初から導入されていなかった理由を具体的に説明してほしい。
●「繰り返しとなりますが、貴社の全ての株主が、上記の質問に対する明確かつ包括的なご回答を受け取る資格があるはずです。無回答又は株主の懸念に直接答えないような回答は、株主が抱き始めている不安を掻き立てるだけです。早急に、すべての質問事項について具体的かつ詳細にご回答いただきますようお願い申し上げます。誠実なご対応をよろしくお願いいたします。」

以上のようなエリオットの追加質問に対して、ユニゾHDは、

「当社が本質問書記載の質問に対して全く回答していない又は回答が十分でない旨の記載がありますが、当社は、当社見解プレスにおいて本質問書記載の質問に対して必要かつ十分に回答しており、全く回答していない又は回答が十分でない旨の主張はあたりません。な お、当社は、米国法に関するリーガル・カウンセルから、米国証券法は公開買付けの対象となる会 社に対し、個々の株主により提起された質問に回答する具体的な義務を課すものではない旨の助言を受けております。また、我が国の法令上も、当社はこれまで必要かつ十分な開示を行っており、これまでに公表した事実以上に個別の事実及び交渉の経緯等を詳らかにする法的な義務はなく、また、そのようにしなければ株主の共同の利益を害するなどということもないことについて、日本法に関するリーガル・カウンセルから確認を受けています。」

と回答し、追加質問に対する具体的な回答を行っていない。

ブラックストーンの意向表明

また、ブラックストーンの10月15日付買付け開始意向表明では、従前からの公開買付価格5,000円とすることなどに加え、一定の事項をブラックストーンの事前承諾事項とすることを条件として、従業員に経営に関する一定の裁量を付与するなど、これまでの同ファンドの提案からかなりの譲歩を示しつつも、ユニゾHDの対応に対して、主として以下のようなコメントをしている。

●ユニゾHDが要求する従業員の雇用が確保される「仕組み」は、従業員に対して、買収者による投資をコントロールし、その投資から利益を得るという前例のない権利を事実上付与するものである。このような「仕組み」は、著しく異例なものであり、前例のないものである。
●ユニゾHDが要求する「仕組み」は、実質的には、従業員持株会社に対し、ユニゾHDをして、公正な市場価値から大幅にディスカウントされた金額(若しくは僅少な金額)により、ブラックストーンの保有する公開買付者の持分をユニゾHDの資金により取得させることのできる権利を付与することになりうるものである。これにより、従業員持株管理会社は、事実上、追加の対価を支払う必要なく、想定外の価値を手にすることになりうる。ユニゾHDの従業員が、現在このような権利や投資家のエグジットをコントロールする権利を有していないことは明らかであり、企業価値を向上するための要件として、株主のリターンやエグジットに対して、このような水準の従業員による支配が要求される例は存在しない。
●ユニゾHD及びその株主に対する不合理で前例のない支配権をユニゾHDの従業員が享受すべきとの要求に基づき、歪んだ企業価値の解釈を振りかざすことによって、ブラックストーンの魅力的な提案をユニゾHDが不合理に阻止しようとしている。まさに「公正なM&Aの在り方に関する指針」が示すとおり、「企業価値が向上することだけを理由に一 般株主の利益が不当に害されることのないようにすべき」であり、対象会社の取締役会は「企業価値の概念を恣意的に拡大する」べきではない。

買収防衛策の対抗措置に類似する構造

ほとんどの公開買付者は友好的な買収を目指しているため、対象会社による公開買付けに対する賛同しない旨の意見(不賛同意見)は、事実上、当該公開買付者による公開買付けを抑止する効力を持っているといえる。

そうだとすれば、ユニゾHDの基本方針とそれに基づく従業員保護の仕組みのように、対象会社が、多くの公開買付者にとって受け入れがたいであろう賛同意見を行う水準をあらかじめ公表することは、事実上の買収防衛策となりうるように思われる。

ここで想起されることは、ユニゾHDの極めて強固な従業員保護の仕組みは、かつて議論のあったある買収防衛策の対抗措置要件に類似していることである。

すなわち、いわゆる事前警告型買収防衛策において、敵対的買収者への対抗措置(主としての差別的行使条件付新株予約権の割当て)を行うための発動要件として、ニッポン放送事件高裁決定(東京高決平成17・3・23判時1899・56)の示したいわゆる濫用的買収者の4類型に加えて、例えば、「大規模買付者による支配権獲得により、当社の持続的な企業価値増大のため不可欠な、顧客、取引先、従業員、地域社会その他の利害関係者との関係を損なうなどにより、当社の企業価値ひいては株主共同の利益を著しく毀損すると判断される場合」といったように、ステークホルダーの利益が害されることにより企業価値が害される場合も対抗措置を発動できる要件とする事例もしばしば見られた。

もっとも、この発動要件は、少なからぬ実務家との間で、先述のニッポン放送事件高裁決定で認められた濫用的買収者4類型に含まれていないものであることから、対抗措置の発動は不公正発行に該当し、差し止められる可能性が高いと解されていたと理解している。

ユニゾHDの基本方針及びそれに基づく仕組みは、企業価値の内容について従業員というステークホルダーの利益を重視する点で、このような差し止められる可能性が高いとされていた対抗措置発動要件と類似しているように感じられる。

「賛同しない」意見表明の是非

友好的な公開買付けでは、一般的に、対象会社及びその特別委員会は、公開買付者による公開買付けに賛同(し、かつ、応募を推奨)することの当否について検討がなされる。これとは逆のシチュエーションとなる敵対的又は対象会社が必ずしも支持していない公開買付けにおいては、対象会社が賛同しないことの当否についても、検討されるべきではなかろうか。

極端な事例であるが、例えば、極めて多額のプレミアムが支払われるなど、株主共同の利益に資する公開買付けにもかかわらず、対象会社が合理的な理由なく当該買付けに賛同しないような場合には、前述のように不賛同の意見表明が事実上の買収防衛策となりうることに鑑みれば、特別委員会によって批判的に検討されるべきであるように思われる。

基本方針及びそれに基づく仕組みの妥当性の検討

前回の記事で、ユニゾHD及びその特別委員会では、基本方針及びそれに基づく仕組み自体の妥当性について検討した形跡が開示書類上見られない旨指摘したが、その点は現時点においてもなお明らかにされていない(個人的には、対象会社側プレスリリースに対して通常は少なからず加筆修正要請を行っている東京証券取引所が、今回の件ではどのような関与を行ったのかが気になるところである。)。

前述のように、不賛同の意見表明が事実上の買収防衛策と同様の効果を持つこと、ユニゾHDの従業員を保護する仕組みは、事前警告型買収防衛策における差し止められる可能性の高い発動要件に類似していること、そして、賛同しないことの当否も検討されるべきであることからすれば、やはり基本方針及びそれに基づく仕組みの妥当性については、特別委員会によって十分な検討が行われ、かつ、それに関する開示が必要であったように思われる。

「企業価値向上」と「一般株主利益の確保」が一致しないとき

経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「在り方指針」という。)では、M&Aを行う上で尊重されるべき原則として、企業価値向上(第1原則)と、「公正な手続を通じた一般株主利益の確保」(第2原則)が掲げられており、この基本原則は同指針の前身であるMBO指針から維持されている。公開買付株式数に上限を設け、上場を維持する公開買付けであれば、企業価値向上と株主の利益が異なりうることは理解できる(例えば、公開買付者がAとBの2者存在し、Aの公開買付価格はBよりも高いが、AよりもBが対象会社の親会社となる方が、公開買付け後の企業価値向上に資するような場合)。

一方で、スクイーズアウトを伴う完全子会社化取引の場合に、一般株主利益とは全く別個に企業価値向上を検討しなければならない理由が筆者として未だによく理解できていない。買収実行後の企業価値向上は、一般株主をコントロールプレミアムの支払いにより退出させた後、完全親会社となる公開買付者が、そのリスクのもとに実現されるものだからである。

この点、在り方指針(14頁脚注20)では、「企業価値を向上させるか否かの判断は実際には容易でないが、M&A が公正な手続を通じて行われ、第2原則を満たす場合には、対象会社の取締役会や特別委員会があえて企業価値の向上に資するものでない…M&Aに賛同することは通常は考えにくいことから、当該 M&A は企業価値を向上させるものであり、第1 原則も満たすものである場合が多いと考えることができる。」とするが、完全子会社化取引において、企業価値向上が株主利益と異なる場面がありうるかについては特に言及されていない。

在り方指針の「企業価値」が「会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資す る会社の属性またはその程度をいい、概念的には、企業が生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和を想定するもの」と定義されている(同指針5頁)にもかかわらず、このような企業価値向上と一般株主利益の確保の関係性の曖昧さによって、企業価値向上概念が、多義的に、ときとして濫用的に用いられる危険があるように思われる。この点に関するさらなる議論が望まれる。

最後に-法務アドバイザーを務めることの難しさ

当然のことながら、対象会社側又は特別委員会の法務アドバイザーとしては、対象会社の経営陣の意向ではなく、公開買付けへの応募を検討している一般株主の利益も踏まえた対象会社側の利益のために行動しなければならない。

一方で、これまで述べてきたように、敵対的買収又は対象会社が必ずしも支持していない買収においては、対象会社経営陣の意向(これはステークホルダー保護もあるであろうし、ときには保身の場合もあるであろう。)と一般株主利益が衝突することもあり、立ち回りに配慮を要する上に、議論が十分に進んでおらず、実務上とるべき行動指針が明らかになっていないことも少なくない。その意味で、対象会社又は特別委員会の法務アドバイザーを務めることの難しさがあるように思われる。

これはあくまでも一般論ではあるが、一義的な答えのない難しい問題ではあるものの、法務アドバイザーとしては、在り方指針その他の適用される規範の背後にある趣旨を踏まえて、ときに対象会社側経営陣の意向に反することがあったとしても、一般株主利益の確保に努めた助言が望まれるように思われる。

文:柴田 堅太郎(弁護士)

参考URL
ユニゾホールディングス 最新ニュースリリース
経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」