論語について考えるとき、最初にぶつかる問題は「仁」です。この言葉をどう解釈すればいいのでしょう。今回はこれを現代的にわかりやすく考えていきましょう。たとえば、
巧言令色鮮(すくな)し仁
論語といえば、この言葉を思い出す人もいるほど有名です。ここで言う「仁」とは何か?
古くから「論語を学んで経営したら、倒産しかねない」といった批判があります。道徳を重視する「論語」のイメージが、「お行儀よくしても、倒産したら意味ないぞ」といった反発を招きやすいのでしょう。「仁」を字義から解釈すると、「愛、慈悲、思いやり」といった意味になるので、反発を招きやすいのは理解できます。
この漢字の語源は、「人」から「=」(イコール)が出ている、というよりも「二」(漢字の2)がついているのです。一視同仁という言葉があるように、「仁」はほかの人も自分と同じように考える、平等に見る、同じ人間として見る、といった意味があります。
仁は広い意味での「愛」だとするのは、論語に詳しい経営者である北尾吉孝SBIホールディングス代表取締役社長CEOです。氏は論語に関する書籍も出しています。
確かに、「愛」とか「慈しみ」と聞くと、いかにも平和で落ち着いており、「競争で勝つ戦略」などからは遠い印象を受けます。
そして、論語を聖典とする儒教では五常を重視しており、それは「仁、義、礼、智、信」です。同じ人として家族や仲間や国民を考えていくときに必要な考えとして「徳」を説いているのですが、その五常の要素として、「仁、義、礼、智、信」があるわけです。
「愛だって? 何を甘いことを言ってるんだ!」と言いたくなるかもしれませんね。
ですが、孔子が生きた時代は、中国の「春秋戦国時代」であったことを忘れてはいけません。いま大人気のマンガで、最近映画にもなった『キングダム』の舞台が、まさにこの時代です。
人々は武器を手に入れ、軍事行動を手に入れ、強いものがすべてを奪い取ることができる、弱いものは滅びるしかないと競い合い、戦い続けた時代です。下剋上は当たり前の世界です。
その時代に生まれた「仁」という言葉には、お行儀のいい意味しか含まれていないのでしょうか? 「ラブ&ピース」の意味も含まれていると同時に、もっと力強い意味があるはずです。
孔子の同時代の人物、陽虎が「仁をなせば富まず、富めば仁ならず」と言ったことはよく知られており、渋沢栄一『論語と算盤』にも出てきます。
「論語は仁について書かれた書物」でありながら、仁について明確な定義はされておらず、古くから「仁」と「富」または経済的合理的活動、つまり競争に勝つこととは相容れないのではないかと思われてきたのです(前回参照)。
さて、ここで話は飛びます。アップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズが「禅」などの東洋思想に興味を持っていたことは、多くの人がご存じでしょう。そのアップル社をはじめとした成功事例を分析し、TEDでも大人気となったサイモン・シネックをご存じでしょうか。『WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う 』の著者です。
彼の発見したゴールデンサークルは、多くの人々を動かす原理として、「WHAT」や「HOW」からではなく、「WHY」からの発想が核となっているモデルです。ここでいう「なぜ(WHY)」は、理念とか大義、ビジョンなどと解釈されています。
つまり、何を売るか、何を作るか、どう売るか、どう作るかの前に、なぜ私はこれを売るのか、なぜ私はこれを作るのかを明確にすることが大切というわけです。それがなければ、人々は動かないからです。
シネックによれば、「WHAT」や「HOW」よりも、「WHY」で人は動くのです。
この「WHY」は、論語の「仁」に含まれている概念ではないでしょうか? それは、大きな意味での「愛」であり「慈しみ」ともとれますが、同時にチームを強固に結びつけ、強力な味方を生み出し、敵を凌駕するために必要なパワーではないでしょうか?
「WHY」は人々の心に響く、つまりそれは愛であり同時にビジョン・ミッションなのです。
シネックの「なぜ」と論語の「仁」が重なって感じられる言葉が、論語にもあります。2つの例を見てみましょう。
士は以て弘毅(こうき)ならざるべからず。任重くして道遠し。
仁以て己(おの)が任と為(な)す。亦(また)重からずや。
死して後(のち)已(や)む。亦遠からずや(泰伯第八より)
弟子である曾子の言葉です。「仁をおのれの任務とする」ことの重さを語っています。その前に「弘毅」でなくてはならないとしています。広い心と強い意思の両方を持っていなければならない、というのです。
広い心と強い意思とは、ビジョナリーの資質そのものです。将来の展望を持つことができるのは、「なぜ」をしっかり持っている人でしょう。
広い心は愛です。が、博愛とは限りません。人それぞれに器があるので、その中での愛だと考えていいでしょう。
(次回に続く)
※『論語』の漢文、読み下し文は岩波文庫版・金谷治訳注に準拠しています。
文:ライター・行政書士 舛本哲郎