米国でM&Aに冷水をかける買い手側の違約金、日本はどうなる?

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日本製鉄が5億6500万ドルのRBFを支払う可能性も…(Photo By Reuters)

米国でM&Aが破談となった場合に買い手が売り手に支払う違約金が問題視され始めた。買い手側の責任ではない政府判断による中止案件も例外ではないからだ。巨額の違約金も当たり前となり「M&Aに冷水をかけるのではないか」との声もある。日本のM&Aにも影響はあるのか?

日鉄もRBFのリスクを抱える

結論から言えば影響はある。日本製鉄が現在進行中の米USスチール買収に失敗した場合、5億6500万ドル(約913億円)のリバース・ブレークアップ・フィー(RBF)を支払わなくてはならない。2024年3月期の同社連結最終利益5493億円の16.6%に相当し、負担は軽くない。

テレビ講演会でバイデン大統領の支持率が急落し、「私なら直ちに(日鉄による買収を)阻止する。絶対にだ!」と明言しているトランプ前大統領が返り咲けば、日鉄が破談により違約金を支払う可能性も出てくる。

トランプ氏が大統領に当選すれば一転して買収を容認するとの見方もある。しかし常識が通じないトランプ氏だけに、一度破談にして再度日鉄にUSスチールを買収させ、「違約金分のマネーを買収金額に上乗せさせた」と自らの手柄にしかねない。油断は禁物だ。

RBFは、売り手が自らの都合で買収をご破算にした場合に支払う違約金「ブレークアップフィー(BF)」とは逆に、買い手側が支払う違約金だ。米投資銀行フーリハン・ローキーによると、取引額5000万ドル(約80億円)以上のM&AでBFと同時にRBFが設定された契約の比率は2017年の44%から2023年には62%に増えている。

政府による規制リスクがRBFの金額を左右する

米国では多くの場合、政府規制当局による反対での破談でも買い手がRBFの支払い義務を負う。むしろ政府規制当局の反対が懸念されるからこそ、RBFを契約に盛り込んでいるのだ。

例えば2011年に米携帯電話トップのAT&Tが、同4位だったTモバイルUSAをターゲットに総額390億ドル(約6兆2800億円)の買収を仕掛けたケース。契約では独禁法上の規制リスクが予想されたため、30億ドル(約4830億円)の現金に周波数帯利用権の譲渡などを加えた総額約60億ドル(約9660億円)のRBFが盛り込まれた。結局、規制当局の反対により合併は実現せず、AT&Tは買収金額の約15%に相当するRBFをTモバイルUSAに支払った。

だが、規制当局が反対する可能性が低い場合は事情が異なる。同じAT&Tが仕掛けたM&Aでも、異業種で市場競争を阻害するとは考えにくい米ディレクTVの買収では規制関連のRBFは契約に盛り込まれなかった。AT&Tによる米タイムワーナーの買収でも、独禁リスクは低いと考えられたためRBFは取得価額854億ドル(約13兆7000億円)の0.6%に相当する5億ドル(約805億ん)に過ぎなかった。

日鉄によるUSスチール買収のような同業者によるM&Aでは、RBFが盛り込まれるのが当り前になっている。業界再編が進んでいる企業間でのM&Aは独占への懸念が高く、規制当局から買収が認められないケースが増えそうだ。もちろんすでにリスクにさらされている日鉄を含め、日本企業も例外ではない。

文・糸永正行編集委員

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