トランプ大統領の「クアルコム買収禁止命令」 米メディアはどう報じたか

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ドナルド・トランプ米大統領は2018年3月12日、シンガポールに本社を置く通信用半導体大手ブロードコムによる米クアルコムの敵対的買収を禁じる命令を出した。

賛否入り乱れる「買収禁止命令」

このトランプ大統領の発令への賛否をめぐり、欧米メディアはすぐさま個性的な論陣を展開している。ニューヨークタイムズは当初、反対色の強い記事を掲載したものの、早くも翌日には編集委員会が賛成意見へと一変。ブルームバーグは禁止命令に賛同しつつも、政府の保護主義に強い懐疑を示し、クアルコムのロビー活動などを報じた。

買収禁止命令の理由は、次の2点とされている。第一に米国の安全保障への直接的な脅威の懸念。次にブロードコムの短期収益志向がクアルコムの先進技術力低下を招き、米国の経済的地位をおびやかすとの懸念だ。第二の懸念は大統領命令に先立ち、対米外国投資委員会(CFIUS)も表明している。

トランプ大統領が「ノー」を突きつけたクアルコム買収(Photo By Gage Skidmore)

「安全保障」と「産業保護」が禁止の理由

ニューヨークタイムズ(3月13日)

3名の執筆者による長文記事「トランプの半導体買収の圧殺は、安全保障に訴えるがゆえに、保護主義に味方する」を掲載した。総花的だが、全体の論調としては、トランプ大統領の決断に否定的である。「トランプ政権は、安全保障を棍棒にして、保護主義の手段で、他国を叩き始めている」と表現したうえで、ホワイトハウスが中国商品へのさらなる関税の導入を画策する姿勢を懸念し、それに対する中国の報復措置を憂慮している。

ユニークな見解も示している。共和・民主政党議員がともに大統領の介入を支持したことに着目し、「両党の融和をもたらした、まれな大統領の判断だ」と締めくくっている。

さらに同紙は3名の有識者のコメントを紹介しているが、見解は分かれている。

―アメリカの保護主義は世界に拡大し、アメリカ自身の首を絞めることに(オバマ前大統領最高経済顧問 Jason Furman氏)

―通常のやり方ではないが、アメリカの明確な政策方針のあらわれだ(アメリカンエンタープライズ公共政策研究所 Derek Scissors氏)

―トランプ政権は「アメリカ経済、および、国の安全保障を守る」というシグナルを打ち出しているが、中国の技術力の発展に直面したことで、これらは実質同一化した(ユーラシア・グループ Paul S. Triolo氏)

ニューヨークタイムズ(3月14日)=編集委員会による賛成記事「合併を阻止したトランプは正しかった」を掲載した。同記事は「(トランプ大統領の決断は)合併契約署名前という異例の早さだったものの、正しい動きだった」と評価。合併が実現すれば半導体ビジネスの世界市場の36%が上位3社に占められることを指摘したうえで、「ボーダコムがシンガポールでなくアメリカの会社だったとしても強引な買収だ」と述べた。大統領の判断を支持する理由として同記事は2点を挙げたが、要約すればどちらも、安全保障と産業保護というトランプ政権の2本柱を支持する内容となっている。

ソフトバンクの影もちらつく「新たなる買収交渉」

ブルームバーグ(3月13日)

編集委員による大統領支持意見「クアルコムの合併を潰したトランプは正しい」を掲載。同記事の特徴は賛成の理由を、安全保障面からの憂慮のみに絞ったことにある。「この合併は明らかな安全保障の問題を提起した。クアルコムはペンタゴンへの主なサプライヤーで、機密扱いの契約を多数締結している。この種の買収は、誰がやっても危険信号を免れない」

一方で、米国への経済的脅威を理由としたCFIUSに対しては、「CFIUSの判断は、長くねじれたロジックの鎖」とたとえて疑問を呈した。続けて次の2点を挙げ、懸念を示している。「安全柵なしに安全保障の概念を拡大することは、CFIUSへの委任枠の拡大を示唆するものだ。どのような分野が問題になるのか、どんな救済策が受け入れられるかなどがオープンでない。このわかりにくい手続きが保護主義を進めるために濫用されないか懸念される」

ブルームバーグ(3月14日)

翌日の配信で同通信社は、今回の買収劇をめぐるクアルコムの政治的根回しを報じた。記事ではブロードコムに買収を仕掛けられる2017年に、クアルコムが830万ドルをロビー活動に費やしていた事実を紹介。「この金額はブロードコムの100倍の出費にあたる。(ワシントンに支持基盤を作るにあたり)、このコントラストは大きい」とコメントした。

さらに共和党コーニン議員がマヌーチン財務長官に対し、「ブロードコムがクアルコムの取締役会支配を狙っている3月の株主総会を、CFIUSは調査すべき」とする書簡を送っていたことも報じた。同記事は、「これらのプレッシャーキャンペーンが前例のない展開を引き起こした」としている。

3月14日、ついにブロードコムはクアルコムの買収を断念すると発表した。しかし4月までに米国に本社を移転する計画は変えないとも表明。名実ともに「米国企業」になってから合併の対象を探すと報じられている。

英フィナンシャル・タイムズ(3月15日)

その翌日、英フィナンシャル・タイムズはクアルコム創業者の息子で3月上旬まで会長を務めていたポール・ジェイコブス氏が同社の買収を検討していると報じた。ソフトバンクグループ<9984>が資金の出し手候補として浮上しているとも触れられており、今後の動きが注目される。

ソフトバンクも参戦?
ソフトバンクもクアルコム買収に関与する?(Photo By Michael)

文:Yuu Yamanaka/編集:M&A Online編集部