ペイディ買収から学ぶ 赤字企業が高値で買収されること

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赤字企業が高値で買収される現実

「利益なき成長企業」の評価は、日本企業に突き付けられた大きな課題

前回の記事では、(あくまでいくつかの仮定を置いた上での推計にすぎませんが)米ペイパルによるペイディ(港区)買収と、米スクエアによる豪Afterpay買収は、ともにPSR(株価売上高倍率)が41倍程度の価格水準だったという推論結果になりました。

前回の記事はこちら

赤字企業が高値で買収されることについて、釈然としない方も非常に多くいるのは間違いないでしょう。利益のない会社は、例えばDCF法では「評価不能」な「価値ゼロ」の会社です。

「そんなハイリスクな案件を成立させた取締役会は「善管注意義務違反」に問われる可能性だってあるだろう。」と言われれば、確かにその通りです。

「利益なき会社に価値はない」という伝統的なスタンスに立つ限り、このような買収を肯定することは極めて難しいでしょう。もし国内の大手IT企業や金融サービス企業が、ペイパルの対抗馬として本件を検討していたとしても、担当者は案件を取締役会にかけることすら難しかったはずです。

特に、社外取締役や監査役の視点から見れば、このような巨額の減損リスクが即座に顕在化し得るような案件に、賛成することは立場的に極めて困難です。    

しかし一方で、世界ではこのような見方による買収が多く成立し、それがレバレッジとなって大きく飛躍する企業も実際にあります。GoogleのYouTube買収(16億5000万ドル)や、Facebookのインスタグラム買収(約10億ドル)などはすぐに思い浮かぶ事例でしょう。

もちろんそうした成功案件の一方で、恐らくその何十倍もの失敗ディールがあることも間違いありません。今回のペイディのような案件は、M&Aというハイリスクな意思決定の難しさを、改めて日本企業に突き付けているといえます。

相互に影響しあう「米国型企業戦略」と「日本型企業戦略」

この課題に関連して、筆者の個人的な興味、仮説を一つ説明してみます。

実は「利益より売上成長を優先する」という戦略は、米国西海岸のシリコンバレースタートアップのお家芸とばかりも言えません。業種業態は全く違えども、1970年代~80年代の日本企業も、類似する戦略を取っていました。

当時、世界を席巻しつつあった日本企業を分析した米国の専門家が出した一つの結論は、「日本企業は利益の最大化ではなく、シェアの最大化を図っている」というものでした。

ミクロ経済学をベースとした、伝統的な米国の企業戦略論では、「会社は利益を最大化する」のが至上命題であり、会社法との整合性も含め、これは「完成された絶対的な正解」であり、疑う余地はほとんどありませんでした。

ところが、戦後急成長を遂げた日本のスタートアップ企業(松下やソニー等)は、非常に低い利益率ながら急激に世界シェアを拡大し、米国企業を脅かしてきました。もちろんそこには、固定円相場というマクロ経済の大前提があったのは言うまでもありませんが、米国の専門家たちは、ミクロでも日本企業の競争力の源泉が何であるかを当時、真剣に研究していたのです。

日本のスタートアップへの投資に海外資金が注目し始めている

海外の企業が日本企業に注目し、研究して取り入れる、というトレンドは、残念ながらバブル崩壊後の日本企業のプレゼンス衰退とともに、一度は完全に消えてしまいました。しかし、今、実に30数年ぶりに、海外の視線が日本企業、とりわけ日本のスタートアップ企業に向き始めているようにも見えます。

ペイディという日本の会社をペイパルという超グローバル企業が買収したこと自体その好例ですが、ペイディのこれまでの資金調達推移を見てみると、さらに興味深い点があります。

以下は、公開情報から把握できた範囲での、ペイディへのスタートアップ投資家の顔ぶれです。

●ペイディ投資家一覧(投資時期 2010年-15年)

驚くべきは、その国際色豊かな投資家の多彩ぶりです。初期フェーズでこそ、日本のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)や独立系ベンチャーキャピタル(VC)による投資が見受けられますが、成長軌道に乗ったと思われる2016年以降は顔ぶれががらっと変わります。

●ペイディ投資家一覧(投資時期 2016年以降)

これまで日本のスタートアップへの投資など規模が小さすぎて検討すら難しかったはずの海外のVCや機関投資家、それも名だたる投資家が名を連ねているのです。

これはもちろん、ペイディの経営陣が極めて優秀な、グローバルチームであったからこその成果であることは間違いありません。

しかし、それでもこうした投資家が日本のスタートアップに大きく投資をし、既にイグジットの成功まで迎えたことは、恐らく日本のスタートアップエコシステムでこれまで全く例がなかったと思われます。

ペイディだけではありません。今、日本のスタートアップ投資の、特にミドル、レイタ―といわれるステージに、巨大な海外投資家の資金が参加する例が増えてきています。

日本のスタートアップエコシステムの課題とこれから

日本のスタートアップエコシステムの資金は、VCへのLP出資者も含め、9割以上が現在も事業会社の資金です。年金や機関投資家等の資金はこれまでほとんど供給されてきませんでした。

このような構造は、スタートアップが事業会社とWIN-WINの関係を構築できるケースでは利点が多いものの、既存事業会社の事業とスタートアップの事業がコンフリクトしたり、スタートアップの事業が既存大手事業会社の領域を侵食するものだったりした場合、マイナスに働く弊害があります。

事業会社からすれば、自分で金を出して敵を作るようなことはしたくはないでしょう。実はここに、日本のスタートアップエコシステムの最大の特徴と課題が同居しています。

詳しくは機会があれば別稿で分析してみたいと思いますが、スタートアップエコシステムに、「事業会社の色がないお金」(純粋にリターンを求める金融投資家のお金)が入ってくることは、日本のエコシステムがこれまでのやり方の延長を脱し、非連続に拡大発展していくために、絶対に必要なのです。

日本の国内機関投資家の資金がリスクを取らず、スタートアップエコシステムに流入しない中で、海外の資金が先行して入り出していることは非常に注目すべき流れといえるでしょう。

話を戻します。「利益なき(日本の)成長企業」が高値で買収されることに、狭量な外資脅威論で抵抗する風潮から、今回のペイディの買収はこれまでにない、大きな転換点になる可能性があります。

日本企業は、急成長する赤字企業の評価・分析について、解像度高く解明、構築している米国の手法を、ファイナンス論の観点からも、真剣に吟味、研究、議論すべき時期に来ているように思われてなりません。

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)

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