パソコンの購入を検討したことのある方なら、「GPU」という言葉を聞いたことがあるだろう。GPUはGraphic Process Units(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)の略称で、画像処理に特化した演算装置である。この性能がよければよいほど、コンピューターやゲームソフトの動画がきめ細やかに映るため、これまで特にゲーマー達の間でGPUは重視されてきた。
しかしここ数年のAIの発展によって、GPUがかつてとは違った視点からも注目を集めることとなっている。例えば現実の光景をリアルタイムで正確に映し出す機能が自動運転車の開発の上で非常に重要になってきたりと、GPUの需要が多方面から発生しているのだ。
そのGPUの需要に合わせて昨年から非常に注目を浴びてきている企業が、世界最大の開発メーカーである米国企業のNVIDIA Corporation(エヌビディア コーポレーション)である。1993年に設立された会社であるにも関わらず、NVIDIAの株価はこの2年間で7倍近くとなっており、ベンチャー企業並みの成長を見せている。そこで今日は、現在急成長を遂げているNVIDIAがこれからも成長を続けて行くのか、投資対象として魅力的なのかどうかについて考えていきたいと思う。
まず、直近のAnnual Reportを見てみる。
売上高にあたるRevenueが、直近通期で6,910百万ドル、日本円にして7,700億円ほどである。営業利益率は約30%と非常に高い水準となっている。NVIDIAのようなソフトウェア等の開発を中心に活動する企業は、R&Dコスト(研究開発費)が相対的に高くなるため、それを差し引いた後でこれだけの利益率を確保できているのは、それだけ付加価値の高い製品を生み出しているということだ。
売上高こそベンチャー企業のように前年の2倍や3倍といった具合に成長しているわけではないが、最終利益は一株あたり純利益、つまりEPSとともに、前年比で3倍近くにまでなっている。これまでよりも収益性の高いAI関連などのビジネスに火がついたことによって、2017年度の1年間で非常に大きく利益率が向上したことが考えられる。
このようにPLだけを見れば、投資対象として非常に魅力的であり、高い利益率から生まれるキャッシュを優秀な人材や最先端の研究開発に投資することで、今後も持続的な成長が見込めそうな優良企業である。しかし、PLを見るだけでNVIDIAは将来性があり、魅力的な投資対象であると判断するのは危険だ。そのため、次にBSを見てみる。
下図は、NVIDIAの直近期の決算期である第2四半期レポートから引用した2017年7月期のBSの一部である。
これを見てみると、9,402百万ドルある総資産のうち、"Marketable securities(市場性有価証券)"が3,889百万ドルも計上されている。なんとこの会社は、総資産の3分の1もトレーディング目的の有価証券に使っているのだ。ここで、なぜGPU半導体の開発会社が有価証券をここまで大量に保有しているのか、一体この有価証券の中身は何なのかという疑問が浮かぶ。
そこで四半期レポートの注記を見ると、この3,889百万ドルのうち1,660百万ドルが企業が発行した社債、1,682百万ドルがアメリカ国債であることがわかる。つまり、市場性有価証券のほとんどは公社債なのだ。公社債は基本的に株式のように短期トレードで売買差益を狙うものではなく、またリスクが低い分、株式と比較して利回りが低い。
これが何を意味するかというと、NVIDIAは持っている資産のうち半分以上が、現金に近い形として残っているということである。
そして、ここまで現金を持ち合わせているのは最近に始まったことではない。事実、5年前にあたる2012年度も総資産の半分以上が現金及び現金同等物と市場性有価証券で占められている。ここまで企業内でキャッシュがためこまれ続けてきているのには、何らかの意図があると考えられる。
もうひとつ、NVIDIAのBSを見ていて驚くことがある。それは、払込資本や利益剰余金とほぼ同額の自己株式が計上されていることだ。
直近のBSでは、5,973百万ドルの株主資本のうち、自己株式が6,070百万ドルも計上されている。筆者はこれまで多くの財務諸表に目を通してきたが、ここまで多額の自己株式を計上している会社は見たことがない。
一般的に株式会社が利益を出すことによって、貯めこんだキャッシュは新たな設備や研究開発に投資するか、配当を行うことによって企業価値をさらに高めるために利用される。自己株式の買取も、会社が市場にお金を流すことになるので、実質的には配当と同じ効果をもつ。しかし、配当ではなく自己株式の買取によって資金還元を行う利点は、一株あたり純利益、つまりEPSを高めることに寄与することができる点だ。
EPSは、当期純利益を期中平均株式数で除することによって算出されるが、この際分母にあたる期中平均株式数は、発行済株式数から自己株式数を除いたものになる。つまり、自己株式を買うことによって分母の期中平均株式数を小さくさせ、EPSを高めることができるのだ。
NVIDIAはこれまでの自己株式の買取りによる資金還元を配当の5倍近くの金額で行っており、(典型的な手法ではあるが)自己株式の買取りにより、EPSを少しでも高めることを狙っているのであろう。
EPSが上がれば株価も上がりやすくなる。株価が上がれば、発行済株式の約4%の株式を保有する社長の富も増加するし、組織再編時に有利な条件で株式交換等を実施できる。数年前まで株価が伸び悩んでいたNVIDIAにとって、EPSを高める誘因は十分にある。
先ほど、総資産の約半分を超えるキャッシュがNVIDIAには存在することに触れた。それならば、キャッシュの増加に合わせて、自己株式の買取りと配当を通じた株主への資金還元も年々増加させているのではないかと考えられるため、NVIDIAにおける2015年度~2017年度の連結純資産変動計算書(日本の会計基準でいう、株主資本等変動計算書)を期間比較することで分析してみた。
すると2015年度から3年間、株主への資金還元額が全く変わっていないことがわかった。下記の連結純資産変動計算書の”Share repurchase(自社株買い)”と、”Cash dividends declared and paid” の合計を確認してみよう。各期で資金還元額が増加していないことがわかる。
・2015年度:814百万ドル186百万ドル=1,000百万ドル
・2016年度:587百万ドル213百万ドル=800百万ドル
・2017年度:739百万ドル261百万ドル=1,000百万ドル
上記のように、増加したキャッシュを資金還元に積極的にまわしているわけでもなさそうであることがわかった。また、開発会社にとっての設備投資でもあるR&Dコストも、直近期で18%増と、売上高の伸び率と比較したら小さい。先ほどのPLをみると、対売上高のR&Dコスト比率は2016年度約27%→2017年度約21%と、むしろ前年比で下落していることが分かる。
以上を見た限りでは、自社での研究開発を更に積極的に進めようという気配はあまり感じられないし、投資家の還元をもっと積極的に行おうという姿勢があるとも言い難い。おそらくNVIDIAは、将来もっと大きく成長していこうというハングリーな姿勢というよりかは、目の前のことに集中しながらGPU事業に専念していこうという姿勢を保つことが先決であると考えているのだろう。変動が激しいテクノロジーの世界では、極めて短期間で業界のパワーバランスが変わることがある。大量の公社債の保有や、変動しない資金還元も、このような事情を勘案して、もしもの事態に備えている結果なのであろう。
また、この2年間で株価が高騰したこともあり、今や時価総額が118,140百万ドルという巨大企業となっている。日本円に換算すれば約13兆円であり、NVIDIAがもし日本企業であればトヨタに次ぐ時価総額となるほどの大きさである。これにより、PER (株価収益率)も現在は70倍近くの水準まで上がってきていることを考えると、正直今の株価はかなり高騰しきった段階にあると考えられる。
以上の要素を考慮すれば、新規投資という面において株価上昇の好材料が不足している現在のNVIDIAの株価が、これからも右肩上がりの曲線を描くかと言われれば、やや不確実性が高いのではないかと思われる。
もちろん、常に変化するGPUへの多様な需要に柔軟に応え続け、顧客からの信頼を勝ち取り続けることができれば、今後もさらにNVIDIAの企業価値は拡大していくであろう。しかし、PLに示されている高い収益性や昨今のニュースだけを見て安易に投資を決定するのは、控えたほうがよさそうである。
文:M&A Online編集部