日本M&Aセンター元役員が刑事告発、繰り返される不祥事への対応は?

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東京本社がある丸の内の鉄鋼ビルディング

日本M&Aセンターホールディングス<2127>の元常務取締役・大山敬義氏が、1億1,000万円の脱税をした疑いで東京国税局から刑事告発されました。2019年6月にM&Aセンターの常務取締役を退任後、2020年にストックオプションで同社株を取得。複数回にわたって10億円を超える差益を得ました。このうち、7億4,600万円の確定申告をせず、1億1,000万円を着服した疑いが持たれています。

資金は大山氏が経営する別のコンサルティング会社への出資金に充当されており、東京国税局は意図的に脱税していたとみています。大山氏は事実を認めたうえで修正申告し、納税を済ませました。

M&Aセンターは売上の前倒し計上による不適切な会計処理が発覚。ガバナンスの強化に努めている最中でした。脱税は大山氏個人が行ったこととはいえ、倫理観を重視した経営が求められます。この記事では以下の情報が得られます。

・M&Aセンターが行った不適切会計の内容
・不適切会計発覚後の業績の変化

M&Aプラットフォーム「バトンズ」立ち上げの功労者

大山敬義氏はM&Aセンター創業時の1991年に新卒社員として入社。同社初のM&Aコンサルタントに就任しました。事業承継を中心とした中小企業のM&A実務に精通しており、M&A仲介業界をけん引した人物として知られています。

水上温泉の旅館「源泉湯の宿 松乃井」が2006年7月に民事再生法の適用を申請した際、再生支援の仲介役となったのがM&Aセンターでした。エリアリンク<8914>が資金的な支援を行い、運営をシーガル・リゾートイノベーション(群馬県利根郡)が担うことが決定。大山氏はシーガル・リゾートイノベーションの取締役を務めています。

2012年4月にM&Aセンター常務取締役に就任しました。2018年4月にはM&Aプラットフォームを提供するアンドビズ(現:バトンズ=東京都千代田区)を設立。大山氏は2022年3月までバトンズの代表取締役を務めていました。

大山氏はM&Aセンターの成長に貢献し、企業文化の構築に多大なる影響を与えてきました。ファイナンスや税務、経営の知識にも長けており、大山氏の意図的な脱税行為はM&Aセンターにもレピュテーションリスクが及ぶことになりかねません。

M&Aセンターは不適切会計が発覚して、2022年3月に再発防止策を公表したばかりでした。

高い目標を掲げるコミットメント制度が不適切報告の土壌に

M&Aセンターが手を染めていた不正は、売上を前倒しするという古典的な手法によるもの。売上計上基準の充足要件を満たしていないにも関わらず、売上報告がなされていました。

不正は2019年3月期から始まったとされています。不適切報告に関わるM&A取引の件数自体は78件ですが、同一案件における複数回の報告がなされているため、発生件数は83件です。

■発生時期と発生件数

※調査報告書より

売上報告がなされていたにも関わらず、最終的に売上取り消しとなった案件は13件見つかっています。

■不適切報告がなされていた案件の成約状況

※調査報告書より

一連の不適切会計による影響を鑑み、M&Aセンターは2021年3月期の決算数値を見直しました。361億3,000万円としていた売上高を3.7%減の347億9,500万円。営業利益は164億800万円から6.5%減となる153億3,600万円に修正しています。営業利益率は45.4%から44.1%へと低下しました。

決算短信より筆者作成(売上高、営業利益は左目盛り、営業利益率は右目盛り)

2022年3月期の営業利益率は40.7%、2023年3月期の業績が予想通りに着地をすると42.9%。不適切会計の発覚後、営業利益率はやや落ち込んでいるのがわかります。

不適切な報告がなされていた背景には、自己申告目標であるコミットメント制度があると考えられます。コミットメント制度は、各部長が自ら設定し、それを社長や営業本部長などの経営陣に約束するもの。各部長はコミットメントの達成状況を毎月、全役員同席のもとで開催される部長会議で説明していました。

部長14名を対象に行ったヒアリング調査では、コミットメントが部としての実力に見合っていなかったとする回答が多くみられます。

■部長への調査(◎は相当大きい、〇が大きい、△大きくはないが要因である、×該当しない)

※調査報告書より

営業担当者へのヒアリングでは、部長の期待に応えたいとの声が多く、コミットメント制度によって部に課された営業目標を何としてでも達成したいという心理状況に追い込まれていたことがわかっています。

この問題を受け、M&Aセンターは2022年3月に「コンプライアンス統括部」を新設。コンプライアンス経営を推進し、組織文化として根付かせることを目的としていました。7月1日新設したCCO(チーフコンプライアンスオフィサー:コンプライアンス統括部長)に武田安央氏が就任していました。

その矢先で、元役員の脱税が発覚。またもM&Aセンターの名が不名誉な形で世に広まることになりました。

かつてM&Aは「乗っ取り屋」というネガティブなイメージが先行する業界でした。しかし、事業承継問題の解決や、企業の成長を促すものというポジティブな認識へと取って代わり、中小企業を中心にM&Aは活発に活用されるようになります。また、高年収であることから人気の就職先ともなりました。

M&A業界を更なる発展へと導くため、ガバナンスやコンプライアンスを重視した経営姿勢が求められます。

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