M&A時のリテンションにも使われる業績連動報酬 しっかり学ぶM&A基礎講座(51)

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M&Aを実施したあとに買収先の経営の要となっていたキーパーソンが会社を去ってしまうという事態もあり得ます。買収後も引き続きキーパーソンに活躍してもらうための繋ぎ止め策をリテンション・プランと呼びますが、業績連動報酬もそうしたリテンション・プランの一つとして活用されることがあります。

業績連動報酬は魅力的なインセンティブである一方、導入するためにクリアすべきハードルも多くあります。今回は業績連動報酬とはどのような制度なのかについて概説したいと思います。

メリットは理解されているものの、採用割合の低い業績連動報酬

対象会社が中長期的に企業価値を高めていくためには、企業価値の向上に応じた動機づけを経営陣に与える必要があります。報酬体系に関していうと、自社株報酬や業績連動報酬などがそれに該当します。

自社株報酬は動機づけという点に加え、経営陣と株主が価値を共有するという点においてもメリットがあります。業績連動報酬もまた中長期的には株主にとっての価値と調和するものといえます。

しかし、日本では依然として固定報酬が支配的であり、欧米と比較して業績連動報酬などの採用割合は低調です。こうした傾向は「日本再興戦略」などにおいても課題として認識されてきました。

業績連動報酬を導入する際に検討すべき点とは

業績連動報酬は利益に応じて報酬を支給するだけのシンプルな制度という印象を持つ方がいるかもしれません。しかし、業績を図る指標一つを取ってみても、営業利益が適切なのか、経常利益が適切なのか、あるいはEBITDAが適切なのかという検討事項があります。

例えば、経済産業省が公表している「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」では、業績連動報酬などを導入する際に検討することが有益な事項がいくつか述べられています。

まず、各社の状況に応じて経営戦略等の基本方針に沿っているかを踏まえて制度設計することが有益とされます。また、制度設計においては財務指標および非財務指標を適切な目標として選択しているかについても検討が必要です。

制度を導入する時期や報酬全体に占める業績連動報酬の割合も重要です。特に買収先の企業に業績連動報酬を導入する場合、グループ内の他の企業における報酬体系との整合性にも配慮が必要でしょう。

業績連動報酬に関する税務上の取扱は?

上述したような検討項目に加えて、役員報酬の税務上の取扱にも注意が必要です。というのも役員報酬が法人税法上の損金として認められるためには(1)定期同額給与、(2)事前確定届出給与、(3)業績連動給与という3類型のいずれかに合致していなければならないからです。

(1)の定期同額給与は、毎月定額の役員報酬を支給するような形態です。もし期の途中で役員報酬額を自由に変更できるのであれば、経営者のさじ加減一つで法人所得の水準を調整できてしまいます。同様の趣旨から、役員にボーナス的な支給をするためには(2)の事前確定届出給与として時期や金額を事前に確定しておかなければなりません。

そして本稿のテーマである業績連動報酬を導入するためには(3)の業績連動給与の要件を満たしておく必要があります。業績連動給与とされるためには、同族・非同族の別、報酬を算定するための指標、計測期間など様々な要件をクリアしなければならないのです。

業績連動報酬に関連する近年の税制改正

税務上の制約が業績連動報酬や株式報酬などの普及の足かせにならないよう、近年の税制改正では柔軟な制度設計を可能とするための要件緩和が行われています。

例えば従来は利益の状況に関する指標(営業利益、当期純利益、ROEなど)が利益連動給与の対象とされていましたが、平成29年度改正においては株価等も指標とすることが可能となりました。「利益連動給与」から「業績連動給与」と呼び名が変わったのも改正の影響です。

また同年の改正で複数年度の指標を対象にすることができるようになったほか、従来は対象外であった同族会社のうち、非同族会社である親会社の完全子会社に限っては制度の導入が可能となりました。

なお直近の平成31年度改正では報酬委員会における決定などの手続で要件変更が行われています。業績連動報酬の導入にあたっては、このような税制改正の動向に留意すべきことは言うまでもありません。

文:北川ワタル(公認会計士・税理士)