現物出資は意外と使える!活用方法と留意点 しっかり学ぶM&A基礎講座(36)

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出資といえば、一般的には金銭による出資を想像するかもしれません。しかし、不動産や有価証券など金銭以外の資産を現物出資することも可能です。現物出資は、手元資金がなくても資本を増強することができる手法であるのと同時に、グループ会社の組織再編や財務支援の手法ともなり得るものです。

その一方で、実際に現物出資を行う場合には注意しておくべき点もあります。そこで本稿では、現物出資の活用方法とその留意点を紹介したいと思います。

現金がなくても資本を増やせる現物出資

現物出資は金銭以外の資産を会社に拠出する方法です。現物出資により会社を設立することも可能ですし、増資の方法としても活用することができます。

現物出資の対象となる資産には、冒頭で述べた不動産や有価証券だけでなく、機械装置や車両などの有形固定資産、特許権やノウハウといった無形資産、金銭債権を始めとする金融商品など資産全般が含まれます。

検査役の選任などクリアすべき条件も

資産を受け入れて資本金などを増やせることは会社にとって利点のあることですが、増加した資本に見合った価値の資産が拠出されていないと会社の債権者が不足の損害を被るおそれもあります。そのため、受け入れる資産の価格については裁判所が選任する検査役の調査を受けるのが原則です。ただ、こうした検査役の調査は手続的にもコスト的にも会社の負担となるため敬遠されるきらいがあります。

会社法では検査役の調査が不要なケースも列挙されています。例えば(1)株式引受人に割当てる株式の総数が発行済株式総数の10分の1を超えない場合、(2)現物出資財産の価格の総額が500万円以下の場合、(3)市場性のある有価証券の場合、(4)価格が相当なことにつき弁護士、公認会計士、税理士などの証明書がある場合などがこれに当たります。

実務上、これらの条件に該当する範囲内で現物出資が行われるという傾向もあります。なお、上記(4)については、対象となる資産が不動産である場合、弁護士などの証明書に加え、不動産鑑定士の鑑定評価も必要となることには注意を要します。

デット・エクイティ・スワップも現物出資の一種

債務の株式化とも呼ばれるDES(デット・エクイティ・スワップ)は債務超過に陥った会社などを救済する手法として知られています。これは借入金(デット)と資本(エクイティ)を交換(スワップ)するという意味ですが、債権者の側から見ると、債務者である会社に対して自己の債権を現物出資していることになります。

実はこのデット・エクイティ・スワップも検査役の調査が不要なケースに該当します。具体的には、弁済期が到来している金銭債権であり、価格が負債の帳簿価額を超えないという条件に合致すれば、検査役の調査が不要とされています。

現物出資にも適格と非適格がある

会社法では現物出資は組織再編という位置づけにはなっていません。しかし、法人が法人に対して現物出資を行う場合、会社分割を用いた組織再編と類似の効果を得ることができます。現物出資にせよ、会社分割にせよ、事業に関連する資産を拠出することによって株式を取得し、事業の切り離しなどに活用できるという点では共通しています。

そのため、法人税法上は合併株式交換会社分割など他の組織再編の手法と同様に税制適格要件が定められています。つまり、適格要件を満たす場合には資産は簿価で譲渡されたものとされる一方、適格要件を満たさない場合には資産は時価で譲渡されたものとされます。時価で譲渡された場合には課税が生じる可能性が高いといえます。

これに対して、個人が法人に対して現物出資を行う場合には基本的に資産が時価で譲渡されたものとされます。そのため、資産の譲渡益に対して譲渡所得課税がなされる点には注意が必要です。

債権の現物出資に関連して税理士法人が訴訟される例も

上述したデット・エクイティ・スワップにも税務リスクがあります。平成18年度税制改正により、債権を現物出資した場合には債権が時価で評価されることが明確化されました。例えば、窮境にある会社を救済するためにデット・エクイティ・スワップを実行したような場合、そもそも債権は回収される可能性が低いため債権の時価は帳簿価額より低いと評価されることが考えられます。

これは債権の現物出資を受ける会社からすれば、債務を免除されたのと同じ状況といえます。そのため、合理的に見積もられた回収可能額と債権の額面金額との差額は「債務消滅益」として課税されることになるのです。

実際、社長個人の相続税対策として資産管理会社に対して債権を現物出資する方法を提案した税理士法人が訴えられたケースがあります。このケースでは、社長が会社に対して有する債権をデット・エクイティ・スワップの対象とすることにより、債権が株式に転換されて資産の評価額を圧縮することができました。

ところが、債権の現物出資を受けた会社側では債務消滅益が発生し、法人税などの課税が生じたのです。そのような税務リスクについて税理士法人が説明義務を果たしていなかったとして3億円を超える損害賠償命令を受けたという事案でした。

現物出資は工夫次第で活用の幅が広いファイナンス手法といえますが、このような税務リスクには十分注意しておきたいところです。

文:北川ワタル(公認会計士・税理士)