構想から12年!日本初の総合取引所がここまで「難航」した理由

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2019年7月30日に日本取引所グループ(JPX)<8697>が、東京商品取引所(TOCOM)を総額約55億円で買収することで最終合意した。世界の取引所と競い合う用意がようやくできたが、「総合取引所」構想が2007年に出てから12年もかかってしまった。なぜ国内に総合取引所を作らなければならないのか、そして実現まで10年以上もかかった理由について解説していく。

総合取引所とは

総合取引所とは、個別株式や株価指数先物などの金融取引に加え、金や原油をはじめとする商品(コモディティ)先物も含めた幅広い投資対象を一括で取り扱う取引所のことである。国内の証券関連は主にJPX、商品先物はTOCOMが扱っている。

出典:総合取引所の実現に向けた基本合意について(JPX、TOCOM)

総合取引所設立の目的は、金融から鉄鉱石、砂糖、穀物などのコモディティまで幅広い商品を1ヵ所で取引できるようにし、日本の金融派生商品(デリバティブ)市場の維持・発展を目指すことだ。実際、世界の主要取引所の成長をけん引しているのは、株や商品、金利や通貨などのデリバティブである。

たとえば、米国のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)やインターコンチネンタル取引所(ICE)などは、ほかの取引所を買収・統合しながら多くのデリバティブ商品を売買している。リーマン・ショック後も商品先物の売買高は増えており、2004年から2017年までおよそ8倍に膨らんだ。アジアの取引所でも、香港取引所が2012年に非鉄金属の国際指標となるロンドン金属取引所(LME)を買収した。

しかし、主要国の中で日本だけは証券取引所と商品取引所の区分けが残り、世界の流れから取り残されていた。とくに商品先物取引は世界の盛り上がりとは反対に、国内の出来高は2004年から5分の1に縮小してしまったのである。

商品先物市場の縮小の主因は勧誘規制の強化である。商品先物市場の主体は個人投資家。長年、商品先物取引業者の強引な電話勧誘の結果、投資経験の乏しい個人投資家が損失を被るといったトラブルが社会問題になっていた。

そのため、2005年に一度断った人への再勧誘が禁止され、2011年には商品先物への投資を望んでいない人への勧誘自体が禁じられた。勧誘規制の強化により電話や訪問による営業が大きく制限され、商品先物市場への資金流入が細った。手数料収入が減った取引所や商品先物取引業者の経営は悪化したのである。

海外では総合取引所が主流になっている。2018年における各取引所の株式時価総額やデリバティブ取引高は以下の通り。

取引所名 CMEグループ(米) ICE(米) ドイツ取引所 香港取引所 日本取引所グループ

株式時価総額

6.8兆円

4.6兆円

2.7兆円

4.9兆円

1.0兆円

デリバティブ取引高

48.4億枚

24.7億枚

19.5億枚

4.8億枚

3.88億枚

JPXの2018年デリバティブ取引高は、世界の主要取引所の中で16位。首位のCMEグループの10分の1以下となっているのである。

総合取引所構想の動き

世界の主要取引所は総合取引所が主流で日本は大きく遅れている状態であるが、金融先物と商品先物が別の取引所で扱われる弊害は以前から指摘されていた。実は総合取引所構想がでたのは2007年。政府の経済財政諮問会議が構想を打ち出し、2010年には成長戦略に組み込まれたのである。体制を整備するために2009年と2012年の2度にわたる金融商品取引法の改正も行われた。

しかし、12年たっても日本には総合取引所が存在せず、商品先物市場は低迷したままである。総合取引所構想が進まなかった理由の1つとして、縦割り型の行政制度が指摘されている。JPXの所管省庁は金融庁、TOCOMは経済産業省と農林水産省に別れ、とくに東京商品取引所社長のポストを握る経済産業省が「抵抗勢力」となっていたのだ。

出典:総合取引所の実現に向けた基本合意について(JPX、TOCOM)

TOCOMは2009年から10期連続で最終赤字が続きながらも独立性維持にこだわり、デリバティブの商品ラインアップを広げたいJPXの申し入れを断っていたのである。

12年越しの総合取引所構想

ところが、2018年に10年以上も停滞していた総合取引所構想が動きだした。JPXとTOCOMが具体的な協議を開始したのである。これには、2つの理由があると考えられる。1つは政府の規制改革推進会議がこうした取引所の現状を強く批判し、当面の重点事項の一つとして「総合取引所の実現」を掲げたことである。

2018年11月にまとめた答申で、「総合取引所を創設できないことが投資家のコストを高め、多くのビジネス機会を創出してきたことを認識すべきだ」と、取引所関係者に早期の実現を求めたのだ。この答申内容は、これまで総合取引所化に消極的と見られていた経済産業省も了解した上でとりまとめられており、政府一丸となって取り組みが期待できることとなった。

次に商品先物市場の売買が低迷する中で、金融庁の管轄で商品デリバティブ取引が行われることに抵抗があるとみられていた商品先物取引業者が、総合取引所を前向きに受け止められるようになったことである。

総合取引所ができると、投資家の利便性が向上する。これまで双方の取引所で売買するには、別々の金融機関に取引口座を開設する必要があった。総合取引所になれば、ひとつの資格で双方の取引所で売買でき、個人投資家の取引の窓口も1本化される。

商品先物取引業者は勧誘規制後に経営状況が悪化していたが、総合取引所によって個人マネーを取り返せれば商品先物市場の流動性が向上して業績回復の期待も高まる。低迷が続いている商品先物市場も、証券会社を経由した市場の活性化ができると考えたのだ。

TOB価格の決定

2019年3月28日、JPXとTOCOMは総合取引所の実現に向け経営統合に関して基本合意に至る。2020年の統合実現に向けたスケジュールは以下のようになっていた。

出典:総合取引所の実現に向けた基本合意について(JPX、TOCOM)

しかし、6月末にTOB株式公開買い付け)開始を予定していたものの、東商取株のTOB価格を決める算定基準で折り合えず、一度延期したのだ。

TOB価格を決める際、JPXが重視したのは最終赤字が続いているTOCOMの業績だ。商品先物取引の低迷は続き、将来の収益回復を反映するのは難しいと判断。2019年3月末時点のTOCOMの純資産(約48億円)を下回る価格を提示したのである。

一方、TOCOMはM&Aの価格算定で一般的な「DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法」を重視。DCF法では将来のキャッシュフロー(現金収支)を多く見積もるほど、TOCOMの企業価値は高く評価される。JPXとの統合効果や今夏にも上場を目指す電力先物の期待収益を上乗せしていたのである。

現状を重視するJPXと将来の価値を織り込むTOCOMでは大きな価格差があると見られ、交渉は難航していたのである。通常のM&Aでこれだけの価格差があれば破談になることもあるが、総合取引所は「国策」、断念するという選択肢はない。

一時は「10月としている経営統合の延期説」まででたが、「これ以上の延期は統合案そのものにも影響がでかねない」との思いが両社の距離を近づけ、2019年7月30日にJPXが東商取株を総額約55億円で買収することに最終合意した。JPXは東商取に対して1株487円でTOBを実施、予定通り10月に子会社化する。

総合取引所の今後

統合後の姿は、CMEやICEのように金融や商品デリバティブを一元化できるのが理想だが、すぐにそうはいかないようである。大阪取引所に移管される商品デリバティブは、金などの貴金属や非鉄金属、農産物の先物だけだ。東商取は統合後も存続し、原油を残した上で新たに電力と液化天然ガス(LNG) の先物を上場して「総合エネルギー市場」として生き残る方針なのである。

JPXには原油ETF(上場投資信託)もあり、原油先物との裁定取引などを考えると、別市場で扱うのは手間がかかり不便だが、今回は経済産業省の主張が通った形になった。取引所が統合されても、デリバティブ市場に金融庁と経済産業省、さらに農水省が関わるという多重行政の構造は変わらない。また、金融商品取引法と商品先物取引法という二つの法律が混在するという状況も一緒である。

また、CMEなど世界のデリバティブ取引所では、通貨や金利先物も重要な商品だが、国内でその分野を扱う東京金融取引所が総合取引所に合流する気はない。東京金融取引所の管轄はJPXやTOCOMとは別の財務省、歴代トップは旧大蔵省OBが就いている。

JPXの2018年のデリバティブ取引高は世界の主要取引所の中で16位。総合取引所を設立して世界で選ばれる市場になるためには、省庁のしがらみをなくし投資家の利便性を高める視点を持つことが大切だ。そのためには東商取の「総合エネルギー市場」や「東京金融取引所」も新たに発足する総合取引所に合流させること、そしてその前提となる金融商品取引法と商品先物取引法の一本化も必要だろう。

文:M&A Online編集部