約30年前、ファミリーレストランのジョナサンに入社したAさん。順調なサラリーマン生活を送っていたが、2012年1月、親会社のすかいらーくによるジョナサンの吸収合併で様相が一変する。アットホームで人を大切にする社風のジョナサンに対し、すかいらーくは売り上げ、数字を重視する経営スタイル。統合直後は準備不足もあってジョナサンの現場は大混乱に陥った。 そして、悪戦苦闘の日々が始まった。前回の記事はこちら
「すかいらーくはとにかく会議が多かった。1日中会議のときもありました。トップマネジメントに報告する資料をつくるだけでも数時間かかります。それが業績の悪いブランドだと毎週続きます。現場が混乱するなかでジョナサンの業績は落ちていきました」
自由闊達な社風のジョナサンで育ったAさんは、経営管理を徹底するすかいらーく流に戸惑いを隠せなかった。激務とストレスから、胃が痛くなる日々が続いた。
「本部へ行ってからは精神的にも肉体的にも苦しい日々が続き、
「負けてなるものか。必ず結果を出してやる」。奮起するAさんに強い援軍が現れた。2011年からすかいらーくの再建に乗り出した米投資会社ベインキャピタルだ。
「ベインの方々は非常にジョナサンに好意的でした。すかいらーく会長に就任したラルフさんは米マクドナルドで社長を務めたこともある人物です。ラルフさんはじめ、各部門にマック出身の方々が多く、
本社のマーケティング部隊がフランス政府公認のフォアグラを使った「フレンチフォアグラ&ハンバーグ」を投入するとこれが大ヒット。ジョナサンの業績は回復に転じた。2013年の売り上げは前年を上回る成績を収め、2014年も目標を達成。すかいらーくは2014年10月、東京証券取引所第1部に再上場した。外部の投資家からは大成功に思えるが、それでもAさんはジョナサンの吸収合併に対して複雑な思いを抱いている。
「世界一のファミリーレストランチェーン会社の傘下に入ったことをいいと思っている社員もいると思います。しかし長年、ジョナサンにいた立場からすると、自分たちが本当にやりたいと思うことが見つけにくい職場になっているのではないかと心配します。例えば昔のジョナサンでは社員の独立を応援するため、フランチャイズチェーン(FC)の運営に社員が応募できましたが、今ではFCの新規募集はやっていないようです」
一方で、現場を重視するジョナサンの手法が認められ、すかいらーくの経営に取り入れられたこともあるとAさんは言う。
「ジョナサンでは、社員がやったことに対して会社がきちんと認めてくれる風土がありました。ジョナサンでは優秀なアルバイトやパート従業員、
「また、横川竟さんがジョナサンの社長時代の頃、
Aさんは統合後3年間は社内に残り、すかいらーくの再上場と前後として定年前に同社を退職した。その直前には、サラリーマン生活で初めて人事異動の打診を断り、やめる覚悟を決めていたという。当時の心境をこう振り返る。
「統合の混乱も次第に収束し、後輩も育てたので、自分としてはやりきった。後悔することはありません。しかしあんな大変なことは二度と経験をしたくないという気持ちは否定できません」
それでは、もっとスムーズに統合するためにはどうすればよかったのか。
「誰かが悪いのではなく、ひとえに準備不足につきます。2011年10月ごろに統合のチームができましたが、人員数が少なく、現場のオペレーションがどう変わるか、1つずつ洗い出す作業まで手が回っていませんでした。統合チームの人選も現場の実務担当者が十分に入っていませんでした。ジョナサンとすかいらーくの本部は歩いていけるほどの近い距離にありましたが、肝心の業務のオペレーションの統合については明らかに準備不足でした」
ファミレス業界では、若年層の人口が減り苦戦を強いられている。ロイヤルホスト、デニーズなどの同業だけでなく、専門店との競争も激しくなっている。こうした中、ジョナサンを飛び出し、新業態にチャレンジする元「ジョナサンマン」は後を絶たないという。
「すかいらーくによる吸収合併と前後して、多くの社員がジョナサンをやめていきました。それぞれの方々がジョナサンで学んだことに誇りと感謝の気持ちを
Aさんはもともと「いつかは独立して自分の店を」と考えていたが、今後は「外食と少し距離を置いて、教育や人材育成にかかわる仕事をしたい」と語る。激務の影響か、病気が見つかり、しばらくは勉強をしたり、人と会ったりして鋭気を養うのだという。
華やかに見えるM&Aの舞台裏では多くの社員の生活があり、さまざまな人の人生に影響を与える。誰か1人が悪いわけでもない。「現場の苦労をわかってくれる上司のサポートが欠かせない」。Aさんの体験談は「M&Aは買ってからの統合作業が重要」という事実を雄弁に物語っている。
取材・文:M&A Online編集部