感染者急増!なぜ日本で新型コロナ対策が「出遅れた」のか?

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が懸念される事態となっている。2020年3月25日、東京都は都内感染者が41人増えたのを受けて週末の外出自粛を呼びかけ、小池百合子都知事も「何もしなければロックダウン(都市封鎖)もありうる」と危機感を露(あら)わにした。

「クラスター探し」を最優先してきた日本

これまで日本政府はCOVID-19の拡大防止策はクラスター(患者集団)を一つずつ潰(つぶ)す、クラスターの洗い出しと封じ込めに絞ってきた。感染検査が海外に比べて極端に少ないために潜在的なクラスターの形成を見逃すと批判されても、「すでに形成されたクラスターを把握することが最優先事項」と反論してきた。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は3月2日に「国内で感染が確認された方のうち約80%の方は他の人に感染させていないこと、感染が確認された症状がある人の約80%が軽症」であると指摘している。政府はこうした見解を根拠に、「いたずらに多数のPCR検査を実施しても医療現場の混乱を招くだけ」として検査枠の拡大に消極的だった。

例えるなら「まずは火事(クラスター)の発見と消火に全力を尽くし、火の粉(潜在的な感染者)が散っても火事になる可能性は低いのでとりあえず放置。火の粉で火事が起きたら(新たなクラスターが発生したら)、すばやく発見して消す」という戦略だ。

しかし、この「特定クラスター標的型」の封じ込め戦略が有効なのは、クラスターの数が少ない時だけだ。クラスター数が急増すれば手が回らなくなり、消し損ねたクラスターが連鎖することで「メガクラスター(巨大な患者集団)」が発生する。こうなると、もはや打つ手はない。

専門家会議も3月19日にメガクラスターによる感染拡大が起こった場合は、「数週間の間、都市を封鎖したり、強制的な外出禁止の措置や生活必需品以外の店舗閉鎖などを行う、いわゆるロックダウンと呼ばれる強硬な措置を採らざるを得なくなる事態」を想定している。

だが、イタリア北部や米ニューヨークなどで実施されている都市封鎖は、どれだけ市民生活や経済に打撃を与えるのか全くの未知数であり、本当に数週間で収束するのかも分かっていない。

COVID-19の拡大で都市封鎖に入った米ニューヨーク(Photo by New York National Guard)

クラスター封じ込めでスルーした「火の粉」

こうした事態を防ぐには、感染検査の網を広げるしかない。WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長が3月16日に「目隠ししながら火を消すことはできない。誰が感染しているのかわからずに、このパンデミックを止めることはできない。検査に次ぐ検査を。疑わしいケースはすべて検査してほしい」と呼びかけている。

「感染拡大を防ぐには検査に次ぐ検査しかない」と訴えるテドロスWHO事務局長(WHOホームページより)

メガクラスターは「感染に気付かない人たちによるクラスターが断続的に発生し、その大規模化や連鎖が生じる」ことで生じる。COVID-19は感染しても症状が出ない場合があり、発症しても多くの場合は発熱や咳などの軽症で済むことがエビデンス(現実の証拠)で、ほぼ証明されている。

日本でPCR検査を受けるためには、海外渡航者や感染者との濃厚接触者を除き、行政の「新型コロナ受診相談窓口(帰国者・接触者相談センター)」に電話などで事前相談する必要がある。先ずは自宅での経過観察を指示され、その間に症状が悪化した場合は病院で受診して医師が必要と認めればPCR検査を受ける手順だ。

政府は「医師が検査が必要と判断した患者でも陽性率は5%程度であり、検査数が少ないことで感染者を大量に見逃している可能性は低い」とみている。しかし、問題は感染しても症状が出ない、あるいは発症しても発熱や咳などの軽症で済んでいる大多数の感染者だ。

こうした感染者は症状が軽いので「風邪をひいたぐらいかな」と自己判断し、外出してウイルスを拡散することになる。政府や自治体が最も恐れているのはこれで、「外出自粛」の狙いは「市民をウイルス感染から守る」よりも、「市民がウイルスをまき散らすのを防ぐ」ことに重点を置いた戦略だ。

とはいえ「外出自粛」にも限界がある。無症状感染者や症状が収まった軽症感染者は、自分が感染者とは思いもよらず、通勤や買い物など最低限の日常生活を送るために出かける可能性が高い。

検査で自分が「感染者」であると分かれば、症状が軽いうちに回復したとしても、指定された期間は他人との接触を極力遮断するだろう。韓国では検査枠を拡大して感染者の洗い出しと隔離を確実にすることで首都ソウルでの感染拡大を防ぎ、国内感染のピークは終焉しつつある。

日本でも政府の指針とは逆に、検査件数を増やした自治体がある。2020年2月に和歌山県湯浅町の済生会有田病院でCOVID-19の院内感染が疑われたケースでは、検査対象を中国への渡航歴がある人や感染が確認された人との濃厚接触者に限定していた政府のガイドラインに従わず、仁坂吉伸県知事がPCR検査の徹底を決断した。

その頃の政府の指針では濃厚接触者ですら多くは検査をせず、自宅待機して自身の健康状態を観察するよう指示していた。一方、和歌山県は看護師や患者、家族はもちろんのこと、病院の仕入れ先の従業員に至るまで感染の可能性がある約470人全員に検査を実施した。

新たなフェーズは「物量勝負」

その結果判明した10人の感染者を隔離することにより、済生会有田病院は3月4日に外来診療を再開している。院内感染による地域医療の崩壊を食い止めたのだ。政府のガイドラインに従ったままであれば、10人の感染者が新たなクラスターとなっていただろう。

東京都はじめ多くの自治体は政府のガイドラインに従い、「火の粉」となる感染者を見逃してしまった。都では3月26日、2日連続で40人を超える感染者が確認されている。同28日には63人に達した。厚生労働省も同26日に「国内でCOVID-19が蔓延している恐れが高い」と発表している。事実上「クラスター対策特化型」の封じ込め戦略を放棄すると宣言したわけだ。

もはや日本でも感染者の爆発的増加は避けられない状況になったといえる。これから日本は感染爆発を抑え込む「公衆衛生」のフェーズから、大量の感染者をいかに効率的にトリアージし、重症化する前に食い止めるかという「臨床」のフェーズに移る。あとは押し寄せる患者への検査体制の強化と、病室、人工呼吸器、そして治療に当たる医療関係者をどれだけ確保できるかの「物量」勝負である。

ジョセップ・ボレル欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長は3月23日、COVID-19対策を戦争になぞらえて「戦争に勝利をもたらすのは、戦術や戦略でさえなく、兵站(ロジスティックス)と通信(コミュニケーション)である。対策の組織化、世界中で得られる教訓の迅速な活用、市民やより広い世界に向けての効果的な情報発信において最も巧みである者が、最も強い者となるだろう」と指摘した。

政府の「クラスター対策」は、決してムダだったわけではない。最小の医療リソース(資源)で感染爆発を2カ月間にわたって抑え込めたのは大きな功績といえるだろう。この2カ月間にわたる「時間稼ぎ」の間に、政府による新しい「臨床」フェーズへの「備え」がどれだけできたかが、日本でのCOVID-19による死亡者数を大きく左右することになる。

物量と情報の「備え」が大量感染死を防ぐ(Photo by Rory MacLeod)

文:M&A Online編集部