「安倍首相 イバンカ氏の基金に57億円の拠出を表明」というニュースは日本国内のメディアを賑わせ、また同時に、見出し(タイトル)を含めた正確な報道の重要性について問題提起するものとなった。読者の混乱を招いた理由を整理するとともに、いわゆる“イバンカ基金”は国際的にどう評価されているのか、設立の背景も含め、解説したい。
各メディアの報道源となったのは、共同通信の配信記事「首相、57億円拠出を表明/ 女性起業家支援のイバンカ氏基金」だった。これは、トランプ米大統領補佐官で長女のイバンカ・トランプ氏の来日を受け、そろって国際会議に参加した安倍首相の11月3日の発言をとりあげたものだった。
共同通信の記事の要旨は、下記のとおりである。
「安倍晋三首相は3日午前、海外の女性指導者らを東京に招いて女性政策を議論する国際シンポジウム(女性版ダボス会議)の関連行事に出席した。あいさつでは、トランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官が設立に関わった、女性起業家を支援する基金への5千万ドル(約57億円)拠出を表明した。」
この共同通信の報道を受けて、各新聞社が一斉に追随し、ネット上でもYahoo!ニュースで「首相 イバンカ氏基金に57億円」が流れた。ちなみに各紙のタイトルをあげると、「57億円拠出、首相が表明 イバンカ氏主導 女性起業家基金(東京新聞)」、「イバンカ氏基金 安倍首相、57億円拠出を表明(毎日新聞web)」、「イバンカ氏主導の女性基金へ57億円 安倍首相が表明(朝日新聞デジタル)」となっている。
これらの記事を一読すると、安倍首相がイバンカ氏の来日をきっかけに、日本政府として同氏個人の基金に57億円を拠出する決定を下したとの印象を受けやすい。
この基金の正式名称は、「女性起業家資金イニシアティブ」(We-Fi)である。イバンカ氏が基金の立ち上げに携わったことは事実であるが、基金は10月の世界銀行・IMF(国際通貨基金)の年次総会で設立されたものであり、イバンカ氏個人が創設したものではなく、同氏は管理や資金調達にも関わっていない。毎日新聞やYahoo!ニュースの見出しに躍った“イバンカ基金”という言葉自体、読み手に誤解を与えかねない表現だったともいえよう。
またこの基金に日本が5000万ドル(約57億円)を拠出予定であるという発表は、外務省により7月のG20サミットで既に行われている。11月3日の安倍首相の表明はその再確認にすぎず、新たな寄付を約束するものではない。
日本国民の大半がこうした事実を知らなかったため、11月3日の各紙の報道が国内の混乱が生まれたともいえるが、そもそも国際社会は、同基金をどのように評価しているのだろうか。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によると、この基金を考案したのはイバンカ氏であり、4月上旬に世界銀行のジム・ヨン・キム総裁にアイデアを伝えたところ、即座に同意を得たという。
世界銀行の拠出額はアメリカが世界一だが、アメリカ政府はしばしば世銀の運営に疑問を呈していたらしい。WSJは、この基金が「米政府と世界銀行との橋渡しになった」と好意的に報じている。
●世界銀行の出資(資本金)割合
英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、今年6月1日の社説で、「世界銀行がイバンカ氏の基金を創設」と報じている。
これによれば、世界銀行の米分担金を削ると脅したトランプ政権に「おもねる」形で、同銀行のキム総裁は、大統領の意向を汲むよう同銀行の事業を活用しているとのこと。その一環として、キム総裁は、トランプ氏の長女イバンカ氏が積極的に取り組む女性起業家のための基金を創設し、運営を担当すると申し出たという。
背景には、今年3月にトランプ大統領が発表した連邦予算案「スキニー・バジェット(やせた予算)」がある。この予算案によれば、外交予算全体の削減率は31%。国務省予算削減によって、世界銀行などの多国間開発援助機関への拠出も削られるとの見通しがなされている。
FTは、WSJよりも踏み込んだ指摘をする。すなわち、世界銀行が、一国の大統領の娘と取引をすれば利益相反を引き起こし、世界銀行に求められる清廉さが失われかねない、と警鐘を鳴らしている。
共同通信のタイトルがひとり歩きし、今回の混乱に至った面は否めない。そして日本では拠出金額の57億円だけがクローズアップされたが、国連や米政権の思惑も絡んだ基金であるという内情が、世界のニュースからは浮かび上がってくる。国やメディアによって、報道内容や評価にも大きく差違がある“イバンカ基金”の使い道に注目したい。
(参考)
・外務省「女性起業家資金イニシアティブの立ち上げ」
・イバンカ・トランプ氏の著書「Women Who Work」
文:Yuu Yamanaka/編集:M&A Online編集部