かつてほどの勢いがないとはいえ、ヘッジファンドの運用残高は約350兆円。依然として世界の金融市場に大きなインパクトを及ぼしている。今回はヘッジファンドの仕組みとマーケットに与える影響について解説していく。
ヘッジファンドの「ヘッジ」とは、「リスクを出来る限り軽減する」という意味である。最初は相場が下がった時、信用取引の売り(空売り)などで資産の目減りを避けるための運用を行っていたのだが、現在のヘッジファンドは金融派生商品であるデリバティブ取引などを駆使し、リスクを取って高いリターンを狙うファンドがほとんどである。また、上げ相場だけでなく下げ相場でもプラスの運用成績を目指すのが特徴である。
ヘッジファンドは、プロにお金を預けて運用を委託。プロに運用を任せるという意味では、投資信託と同じだ。しかし、両者には運用方法や投資目標に大きな違いがある。比較しながら具体的に見ていこう。
・投資信託:一般の投資家
・ヘッジファンド:機関投資家、富裕層など大口投資家
普通の投資信託は「公募投信」といい、広く一般に募集する。一方で、ヘッジファンドは「私募投信」といい、機関投資家や富裕層など一部の大口投資家のみが出資し、運用するファンドがほとんどである。
ヘッジファンドは大口投資家を対象としているので、最低投資金額は数千万円単位といわれている。投資信託が1万円と少額から購入できるのとは対照的だ。
・投資信託:相対リターン
・ヘッジファンド:絶対リターン(絶対収益)
投資信託は、一般的に日経平均株価やNYダウなどの指数をベンチマークとし、そのベンチマーク並みの収益を目指すか、ベンチマークを上回ることを目指す。 前者を「インデックスファンド」、後者を「アクティブファンド」と呼ぶ。
ヘッジファンドは、市場全体が上がっても下がってもプラスの収益を目指す。これを「絶対リターン(絶対収益)の運用」という。どのような市場環境でもプラスを目指すという収益獲得へのモチベーションとして、ヘッジファンドマネージャーへの「成功報酬」がある。
成功報酬とは、「ファンドの値上がり分の20%」など運用成果に対して、一定の率をかけたものをファンドマネージャーが受け取るシステムである。運用成果と収入が比例することから、収益獲得へのモチベーションを高める効果があるのだ。
・投資信託:株式や債券など伝統的資産
・ヘッジファンド:伝統的資産に加え、金融先物や商品先物
投資信託の投資対象は、株式や債券などの伝統的資産である。また、相場環境に合わせて投資比率を変えたりせずに、つねに運用資産いっぱいに株式や債券などを保有するフルインベストメントが一般的だ。
ヘッジファンドの場合は株式や債券だけを対象にしたシンプルな運用だけでなく、金融派生商品(先物やオプションなどのデリバティブ)などを組み合わせ、為替やコモディティ(金や原油などの国際商品)など幅広い金融商品に投資している。
ヘッジファンドでもっともメジャーな手法である「ロング・ショート」は買いと売りを組み合わせるので、基本的にマーケットに与える影響は中立だ。ヘッジファンドの中で市場に与える影響度が大きいのは、マネージドフューチャーズ(CTA)である。
CTAは、相場の勢いに追随する「トレンドフォロー」がメイン戦略なので、市場の動きを加速させる。トレンドフォローでは、相場が上がれば買い増し、下がれば売り増しする。さらにCTAは先物を取引しており、自己資金の何十倍もの取引(レバレッジ取引)ができるため、マーケットに与える影響は大きくなる。
それでは、ヘッジファンドの代表的な手法を簡単に解説しよう。( )カッコ内は、ヘッジファンド運用残高の構成比である(出典:日興リサーチセンターより 2019年5月時点)
割安の株式を買って割高な株式を空売りする手法。株式市場が上下どちらに動いても運用益を目指す。ヘッジファンドの運用残高でも約3分の1を占め、もっともメジャーな戦略である。
M&A(企業の合併・吸収)など重要イベントを手がかりに売買する手法。企業再編やM&A、資本提携などイベントが発生した場合、成功しそうなら買い、失敗が見込まれる場合は売る。
CTA(Commodity Trading Advisor)とも呼ばれ、世界中の通貨や金利・債券・株式を対象にした金融先物市場だけでなく、金や小麦・原油などの商品先物市場までカバーして投資を行う。
売りと買い両方のポジションを利用するので、相場が上がっても下がっても収益を得る可能性がある。一方的な値動きで利益が上がる「トレンド追随型」であることが大きな特徴で、コンピューターを駆使したシステム取引が主流である。
絶対収益を狙うヘッジファンドは、2000年代初めまで年率20~30%の高パフォーマンスを上げてきた。1990年代には英中銀を相手にポンドを売り浴びせ、巨万の利益を得た「イングランド銀行を潰した男」の異名をとるジョージ・ソロスや、リーマンショック時(2008年)にサブプライム住宅ローン担保証券の空売りで大儲けした、ジョン・ポールソンなど大物ヘッジファンドマネージャーが多くいた。
ヘッジファンドは下げ相場でも利益を出せるので、市場が荒れている方が通常の投資信託よりもパフォーマンスが良くなるのだ。しかし、リーマンショック後の金融緩和で株式市場は右肩上がりに上昇。株式を買って保有数する「バイ&ホールド」戦略でも十分利益が出るようになり、ヘッジファンドの存在意義が問われるようになった。特に、預かり資産の2%の手数料と利益の20%という高額報酬が問題となったのである。そのような中で、ヘッジファンド業界全体の運用成績は10年連続で市場平均を下回り、2018年には運用資産残高も減少した。
ヘッジファンドの時代は終わりを迎えつつあるのだろうか。実は、AIやコンピューターの発達により、短期的にヘッジファンドが市場を大きく動かす可能性は、むしろ高まっているのである。
ヘッジファンド全体のパフォーマンスが沈む中、レイ・ダリオが率いる世界最大級といわれるヘッジファンドの「ブリッジウォーター」や「シタデル」、「ツーシグマ」など2018年も10%前後の高いリターンを上げたファンドもある。それらは、いずれもAIなどコンピューターを駆使した運用を行っているファンドだ。
近年、ヘッジファンドにもHFT(高頻度取引)という超高速取引が広がっている。HFTとは、過去の値動きを統計的に解析し、1秒間に数千回といった取引を繰り返す手法だ。マーケットに影響を及ぼすCTAもHFTを取り入れるファンドが増えている。
そんな中、「フラッシュ・クラッシュ」という現象が懸念されるようになっている。フラッシュ・クラッシュとは、瞬間的に値が飛ぶ暴落。市場取引のコンピューター化が進んだため、たびたび起きるようになったのである。
今年の年明け直後(2019年1月3日)も、為替市場でフラッシュ・クラッシュが起こった。それまで小康状態だったドル円が、午前7時過ぎに108円を割り込み、一気に104円台後半に突入したのだ。ドル円の2018年の値幅は9円99銭と10円を割り込み、過去46年間で最小だった。
1年間で10円程度しか動いていないドル円が、瞬間的に4円近くも急騰したのだ。米国アップル社の下方修正が原因とされているが、日本の証券市場が正月休みで流動性が低下するなか、HFTの売りが重なったことが大きな原因と見られている。
AIの発達やHFTにより、ヘッジファンドの短期的な影響度は高まっている。急にボラティリティ(市場の値動き)が高まるリスクを抱えていることを認識しておく必要があるのだろう。
文:M&A Online編集部