IPOを目指すスタートアップの成長を加速するM&A活用術と留意点|EY新日本IPOグループ統括 藤原選氏に聞く(中編)

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近年、スタートアップが上場前にM&Aを活用して事業を多角化・拡大してIPOを目指すケースが増えている。第2回はスタートアップがM&Aを利用する際の留意点について、EY新日本有限責任監査法人でIPOグループ統括を務める藤原選氏(公認会計士)に聞いた。(前編はこちら)

IPOを目指すスタートアップがM&Aの際に陥りやすい落とし穴とは

IPOを目指すスタートアップがM&Aをする際の留意点はどこにありますか。

前提として、これからお話しするのは、グループ会社化(子会社又は関連会社)や合併等を対象とするM&Aであり、グループ化までには至らないマイナー投資には当てはまらないので、その点、誤解のないようお願いします。

まず、IPOの直前々期(N-2期)は経営管理体制の整備を行い、これを直前期(N-1期)に運用していくのがセオリーですが、IPOが近い時期にM&Aをすると経営管理体制の整備に充てる時間が少なくなるため、IPOまでにクリアすべきハードルが上がってしまいます。

本体の情報セキュリティー管理体制や残業などの労務管理などコンプライアンス体制の整備だけでも大変なのに、買収先の子会社等の販売業務プロセスの整備やコンプライアンス・ガバナンス体制の整備などが必要になれば、IPOまでに経営管理体制を十分整備・運用できない可能性があるからです。

特に、子会社化などでグループ傘下にする場合、法人格として会社レベルの全般的な内部統制(ガバナンス体制や稟議決裁等の全般的な組織体制等)や決算・財務報告プロセス等の整備・運用も必要になるため、さらに難易度が上がります。

企業価値を高めるM&Aならば、買収先の経営管理体制をきちんと整えられるようにPMIをしっかりする必要があります。もしも買収先の経営管理体制の整備に相当の時間がかかることが想定される場合には、まずはIPOを優先して、上場「後」に買収先の体制を見極めたうえでM&Aを再検討するのも一案かと思います。

M&Aの失敗を未然に防ぐポイントがあれば教えていただけますか。

買収前にいかに多面的に検討したか、それに尽きます。成功している上場企業のM&Aは、買収前後の手続・プロセスがしっかりしており、デューデリジェンスがしっかり実行されるとともに「100日プラン(※2)」も明確になっています。しかし、スタートアップがIPOの準備をしながらバリュエーションの交渉をしたり、PMIを含めたM&Aプロセスを実行することは、非常に困難です。

リソースの限られているスタートアップに上場企業並みのやり方を要求するのは難しい面もあるので、少なくとも「高値掴みをしていないか?」、「買収に使った投資金額が本当に回収できるのか?」の価格面の検討だけは、買収前に慎重に行っていただきたいです。その際に外部専門家を含めたM&Aの経験や買収プロセスに精通した人材を上手に活用することは有用かもしれません。

さらに、気を付けなければならないポイントは、買収先の経営者の資質、特に上場企業に見合うコンプライアンス意識の問題です。新規事業を作るのが得意なクリエイター気質の経営者は非常に魅力的で素敵な反面、やんちゃな面、すなわち、コンプライアンス意識が上場レベルに至っていないケースも時にあります。

経営管理体制は、時間をかければ整備できますが、経営者の資質に問題があるときは、お金をかけて人材を補強してガバナンス体制を強化したり、親会社から役員を入れたりして、監視するくらいしか対策はありません。経営者のコンプライアンスに対する感度は後で改善向上するのが難しいことが多いので、上場予定企業の傘下として求められる経営者の資質が買収先の経営者にあるかないかの見極めは、長期的なレピュテーションリスクの観点からは特に重要であり、慎重に対応すべき留意事項と言えます。

会計面は連結決算の体制づくり、経営管理面はグループガバナンスがIPOを見据えたPMIのポイント

―M&A後の組織や業務プロセス・オペレーションの統合作業であるPMIの留意点も、教えていただけますか。

IPOを目指すスタートアップにとって買収後のPMIは、極めて重要です。第1回の記事でも述べておりますが、M&A巧者はクロージング迄よりも買収後のPMIにより重点を置いています。

PMIの作業もIPOの準備作業も同じプロジェクトマネジメントであることで共通しており、どちらも計画倒れにならずに実際に立案したプランをしっかり実行しきれるか、すなわち「実行力」が最大の重要ポイントになります。その意味ではIPOの準備をちゃんとできる力があれば、PMIもやりきれると言えるかもしれませんね。

また、近年、世界的にはIASB(国際会計基準審議会)が、企業結合の達成度をモニタリングする測定基準等の開示を求めるという予備的見解を公表してきていることからわかるように、今後は日本でもM&Aの達成度を測るKPIを意識した経営が当たり前になることも十分考えられます。

IPOにあたってのM&A後の会計上のポイントは、連結決算ができる体制の整備です。連結決算になると決算・財務報告プロセスの整備レベルが一段上がり、適時開示できなくなるリスクが高まるからです。親会社の決算が完了したものの、買収先の子会社の決算が間に合わず、適時開示ができなくなるケースは少なくありません。その場合、当然ながらIPOは延期せざるを得ません。つまり、子会社を設けるパターンのM&Aをしたときは、子会社決算の早期化と精度向上を図って連結決算体制を構築できるかが肝になります。

さらにカルチャーの統一などソフト面でのPMIも非常に重要ですが、IPOを目指すにあたってはハード面でのPMI、すなわち、ビジネスオペレーションの統合・構築、業務プロセスを含めた構築を連結ベースでやらなければならず、またガバナンス体制・コンプライアンス体制にも、同じ規律をグループ全体に適用するグループガバナンスの発想が求められます。特に、本業と違う事業領域の会社を買収した場合、親会社である買収元の経営陣が買収先のビジネスの勘所を掴めていなかったり、法規制の理解が浅かったりして、適切な経営判断や経営管理体制作りができないことがあるので注意が必要です。

―グループガバナンスで注意すべき点は。

先程も触れたように、同じ規律をグループ全体に浸透するグループガバナンスの発想は重要です。同じ規律が適用しきれずに、規律が緩い子会社等で問題が起こることはよくあります。

一般的に親会社から地理的な距離が遠かったり、親会社の本流と異なるビジネスを展開しているなど親会社の目が行き届かない場合には、親会社のコントロールが効かせられなくなるリスクが高くなります。キーワードで言うと「遠」でしょうか。また、買収した子会社に孫会社があると、さらに目が届かなくなる傾向があり、特に注意が必要であり、グループガバナンスを機能させる難易度が上がります。この場合の解決策としては、組織体系や給与体系、カルチャー的に問題がないならば、孫会社を子会社に取り込んでしまうことも一案です。そうすれば、子会社1社のみの経営管理体制の整備・運用で済むので、PMIも楽に進められます。

<用語解説>

※1)100日プラン:M&Aクロージング後100日以内に策定する被買収企業の中期事業計画や実行プランのこと

文:ストライク 企業情報部