日産自動車が6月に中国の常州工場(江蘇省)での自動車生産を停止した。日産の現地生産能力の約8%を占めるに過ぎない工場だが、同社にとって「稼ぎ頭」でもある中国での工場閉鎖は業界に衝撃を与えている。中国撤退は日産だけではない。M&Aでも中国現地子会社の譲渡(売却)が相次ぐ。これは何を意味するのか?
上場企業に義務付けられている適時開示情報のうち、経営権の異動を伴うM&A(グループ内再編は除く)によると、今年は6月末までの半年間で10件の中国現地子会社の譲渡があった。中国経済はかつてほどの勢いは見られないものの、2023年の経済成長率は5.2%と日本の1.7%を大きく上回る。
IMFによると名目GDPも中国は18兆5000ドル(約2980兆円)と、日本の4兆1100億ドル(約661兆円)に比べると4倍位上の巨大市場だ。その中国からの撤退や現地子会社の譲渡が相次いでいるのは、極めて不自然な事態と言える。
経済安全保障や地政学的リスクの問題が中国撤退の理由とも言われているが、一方で中国企業を買収して現地へ進出する案件も今年前半で7件に及ぶ。経済安保や地政学的リスクが中国撤退の原因とは言えないようだ。
元駐中国大使で日本アジア共同体文化協力機構理事長の宮本雄二氏は「中国市場は世界で最も競争が激しい市場だ。中国からの相次ぐ撤退は、市場競争についていけない負け組企業が退場しているだけ。競争力を維持している勝ち組企業は対中投資を続けている」と明かす。
売買の対象となった現地企業の業種をみると、日本企業が譲渡(売却)した企業の80.0%は製造業。半面、買収した企業の85.7%は非製造業だった。宮本氏も「飲食店チェーンはじめサービス業で日本企業の競争力は非常に高く、中国進出が加速している」と指摘している。
日産も製造業。日産の中国生産台数は2018年の156万台から、2023年には79万台とほぼ半減している。生産停止もやむを得ない状況だった。日産だけではない。2023年10月には三菱自動車が現地メーカーとの合弁事業を解消して、中国市場からの撤退を決めた。
中国の自動車市場は現地企業のBYDなどが生産する電気自動車(EV)の普及が進み、エンジン車を主力とする日本車メーカーの現地シェアは2020年の23%から2024年前半には12%へ低下している。トヨタ自動車、日産、ホンダの大手3社の中国での年間生産能力は約530万台あり、現時点で約4割もの過剰生産能力を抱えている。日本車メーカーはEVシフトの遅れから中国でのシェア低下が続く見通しで、合弁企業の譲渡など生産能力の削減は避けられない情勢だ。
今後も中国での競争力を失った製造業を中心に、中国現地子会社の譲渡は加速すると見られる。反対に飲食や流通・小売り、サービス業など、独自のノウハウときめ細かい対応で中国企業よりも競争力がある業界では、中国企業の買収は増加するだろう。
子会社譲渡などの中国撤退は「日本企業の没落」を意味するのではなく、「日本経済の主役交代」を意味すると考えた方が良さそうだ。
文:糸永正行編集委員
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