一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅨ│間違いだらけのコーポレートガバナンス(23)

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ロシアによるウクライナ侵攻にもユダヤ人問題が…(Photo By Reuters)

前回のコラムでは、世界史の歴史的な転換をもたらした、イベリア半島における1492年の三つの出来事を取り上げた。一つはレコンキスタの完了。そして一つはユダヤ教徒の追放。もう一つがコロンブスの西廻り航路による初航海だ。今回のコラムでは、このコロンブスの航海について歴史に大きな影響を与えたスタートアップファイナンスとしての側面に着目して掘り下げてみたいと考えていた。しかし今、再び大きな歴史の転換点とも言える出来事が現在進行形で起きている。言うまでもなくロシアによるウクライナ侵略だ。

東欧に離散したアシュケナージユダヤ教徒

今回のコラムでは、予定を変更してこの侵略戦争について書いてみたいと思う。なぜか。ウクライナが位置する東欧は、このコラムの主題のひとつである反ユダヤ主義やユダヤ陰謀論の歴史舞台の、一つの核ともいえる場所だからだ。

ヨーロッパの歴史、東欧の歴史、ウクライナの歴史、そしてロシアの歴史は、キリスト教徒の歴史である。したがってその裏側には、常にキリスト教徒によるユダヤ教徒への迫害がつきまとう。それが、これまでこのコラムで取り上げてきたスファラディユダヤ人(スペインのユダヤ人)の物語だけでないことは、すでに多くの人が知っていることだろう。

第15回のコラムでも取り上げたように、紀元前740年~597年頃に起きたバビロン捕囚、アッシリア捕囚により、古代イスラエルのユダヤ教徒は世界に離散した。また、紀元73年ごろ、ローマ軍との戦争に敗れてイスラエルの地を追われたユダヤ教徒たちもその後を追った。そしてその一部はイベリア半島に辿り着き、中世最大のユダヤ人コミュニティを形成した。その足跡はこれまで見てきた通りだ。

これに対して、東ヨーロッパ大陸に移り住んだ人々もいた。アシュケナージ(ヘブライ語でドイツを意味する)と呼ばれる人々だ。このアシュケナージの人々が定着した地域の1つに、現在のポーランドやウクライナ、ロシアがある。

ポーランド・ウクライナ・リトアニアなどの中世東欧諸国には、古代からこうしたディアスポラのユダヤ教徒が集まったコミュニティがあった。しかし、その規模は12世紀以前では限定的だった。このコミュニティのユダヤ教徒人口が急速に増えだすのは13世紀以降とされる。それは中世に入り、キリスト教社会におけるユダヤ教徒との関係性が急速に悪化したからだ。

世界で繰り返された、ディアスポラの「起承転結」

ペストの大流行、十字軍的宗教熱の高まりなどで、キリスト教徒の高揚感、社会不安や怒りのはけ口がユダヤ教徒に向かう。そして、各国でユダヤ教徒が国外追放された。時代や規模は前後しても、その構造はこれまで見てきたイベリア半島での出来事とほぼ同じといって良い。

そのような時代の中で、ポーランドのボレスワフ敬虔王(1243-1279)は、1264年にユダヤ人を保護する「カリシュの規約」を発布する。そこでユダヤ人は連帯責任をもって諸侯に税金を納めなくてはならないが、これら諸侯は税金さえ納めればユダヤ人の活動の自由を保証した。

14世紀のカジミエシ三世は、このユダヤ人保護政策をさらに拡大しユダヤ教徒に土地や家屋を取得する権利まで与えた。モンゴル侵入で荒廃したポーランドを立て直すため、ユダヤ教徒のみならず様々な国からの移民を歓迎したのだ。(出所:「物語 ウクライナの歴史」黒川裕次著)

こうして13世紀以降に拡大した東欧でのユダヤ教徒社会の歴史は、これまで見てきたイベリア半島における、キリスト教徒やイスラム教徒との「ギリギリの共存と断裂」の物語と同じだ。その物語には、スファラディがたどった運命と同じ起承転結があった。それは、

最初に、受け入れられて定住し

次に、「専門能力(医学、税務・金融能力、商業、航海技術など)」で貢献し

一方で、同化せず(安息日を守り、ナザレのイエスがキリストであるとは信じない)

やがて、「その活躍や地位、財産、非同化性をキリスト教徒に疎まれて」

最後に、「迫害、虐殺、追放」され

そして、ある者は旅立ち

それでも、ある者は留まる

という物語だ。

ロシア帝国情報機関による史上最悪の偽書「シオン賢者の議定書」

欧州キリスト教世界は、コロンブスの処女航海成功をきっかけに未知の世界に漕ぎ出し、株式会社という仕組みを開発したことで、世界を植民地化し、宗主国と植民地の間で圧倒的な富の格差を固定化することに成功した。

この大航海~植民地支配時代のキリスト教諸国家の輝かしい足跡を歴史の「縦軸」とするならば、ディアスポラのユダヤ教徒の足跡は、キリスト教社会に利用され、翻弄されながらも、生き残りを賭け時にしたたかに生きた、歴史の「横軸」だ。

欧州キリスト教社会の歴史におけるこの「縦軸」と「横軸」の関係。そしてディアスポラの歴史の中で繰り返された物語の起承転結。これは、19世紀に入ってさらに悪化の方向へと向かう。そして、キリスト教国におけるユダヤ教徒の迫害、虐殺、追放が加速していった。迫害と追放の決めゼリフはいつも同じだ。「これは、ユダヤの陰謀である」

欧州キリスト教社会において様々なレパートリーを伴って流布、拡散されたこのフェイクニュース(ユダヤ陰謀論)は、1903年、ロシア帝国情報機関の手により、史上最悪の「フェイクニュース本」として集大成を迎える。1903年、弱体化した帝国に対する民衆の怒りのはけ口をユダヤ教徒に向かわせるため、ロシア諜報部は、ユダヤ陰謀論の集大成を書籍化した。これが、いわゆる「シオン賢者の議定書」である。

今日、プーチン大統領率いる現代ロシアは、ウクライナ侵略戦争におけるフェイクニュースを連発している。あらゆるフェイクニュースを駆使して国民を統制、高揚させ、敵を混乱させる手法は、ロシアが得意とする伝統的な手法だ。中でもこの、シオン賢者の議定書は、東欧におけるユダヤ人大虐殺「ポグロム」を加速させた最悪の偽書だ。政治と戦争において、嘘をフル活用することについて、古来よりロシアは「天才」なのだ。

(この項続く)

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)