「名経営者」はどこで間違ったのか ゴーンと日産、20年の光と影

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数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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『「名経営者」はどこで間違ったのか ゴーンと日産、20年の光と影』法木秀雄著、PHP研究所

保釈中の国外逃亡でまたも話題になった、カルロス・ゴーン前日産自動車<7201>会長。経営者としてのゴーン前会長の軌跡を追い、どこが「失敗」のターニングポイントになったのかを詳しく分析した一冊だ。

単なる「ゴーン批判」ではなく、就任前の日産の問題や、初動のスピード感、部門横断的プロジェクトの導入、コストダウン策、強力なリーダーシップといった就任当初のKFS(成功のカギ)についても丁寧に説明している。

その上で「失敗」について具体的な検証をしているので、内容には説得力がある。過酷なコストダウンの長期化による疲弊や電気自動車(EV)「リーフ」への肩入れ、主力工場である追浜工場の空洞化、ゴーン前会長の独裁者化、そして「不正」を生んだガバナンスの弱さだ。

それぞれの指摘は「その通り」なのだが、物事には「裏」と「表」がある。たとえば「リーフに肩入れするあまりハイブリッド車(HV)で出遅れた」と著者は主張するが、リーフがあればこそEVに構造が近いシリーズ方式HVの「NOTE e-POWER」が生まれ、トヨタのHV「プリウス」や「アクア」と互角以上の勝負ができた。トヨタ同様に早くからHVに力を入れてきたホンダが後れをとっているのとは対照的だ。

独裁者化やガバナンスの弱さもゴーン時代以前の日産でも見られた企業体質であり、同社の構造的な問題だ。もちろんゴーン前会長には、そうした企業体質を改められなかったどころか、それに乗っかってしまったという責任はある。ただ、ルノーと日産が「白紙委任」で全権をゴーン前会長に与えたことが原因という指摘には疑問符がつく。

著者は結論として「ルノーとの提携を解消すべき」と主張する。日産はその方向でルノーと交渉を進めており、ルノー側も日産株放出に乗り出すとの観測も出ている。ただ、その論拠が「日産にとってルノーからの援助はもはや不要であり、ルノーも日産から十分すぎるくらいのリターンを得ている」というのには疑問が残る。

著者に限らず日本のマスメディアでもよく聞く主張ではあるが、ルノーは日産を「救済した」のではなく、「買収した」のである。そこを取り違えると「ビジネス論」ではなくなってしまう。ましてや外国企業との関係がこじれると、容易にナショナリズムと結びつく。

たとえば米セブン−イレブンは1991年に経営破綻し、2005年にTOB株式公開買い付け)でセブン&アイグループの完全子会社になった。米セブン−イレブンの業績が回復し「わが社にとってセブン&アイからの援助はもはや不要であり、セブン&アイもわが社から十分すぎるくらいのリターンを得ている」と資本関係の解消を要求したら、どうだろう。おそらく、少なからぬ国内マスメディアは「ムシのいいことを言うな!」と反論するだろう。

「ゴーン批判」が感情的なナショナリズムに利用される「危うさ」には十分注意しておきたい。(2019年11月発売)

「名経営者」はどこで間違ったのか


文:M&A Online編集部