2020年5月4日、安倍晋三首相は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が終息状況にないとして、6日に期限を迎える「緊急事態宣言」を同31日まで延長すると発表した。これに伴いゴールデンウィーク明けの7日に、いわゆる「コロナ倒産」が続出するとの観測が取りざたされている。この日はコロナ不況による“暗黒の木曜日”として記憶されるかもしれない。
すでにその兆しはある。4月29日に「政府が緊急事態宣言を1カ月程度延長する方針を固めた」と報道されると、翌30日に国定公園の秋吉台で「秋芳ロイヤルホテル秋芳館」を運営する秋芳観光ホテル秋芳館(山口県美祢市)、山口市の湯田温泉で「プラザホテル寿」と割烹料理店を経営する寿観光開発(山口市)、群馬県内でパチンコ店を展開する有楽商事(群馬県沼田市)が相次いで倒産手続に入った。
創業約50年のとんかつ店(東京都練馬区)では、自殺とみられる火災で店主の男性が死亡。店主は東京五輪の聖火ランナーにも選ばれていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で五輪が延期された上に、自粛ムードで休業を余儀なくされ「廃業せざるをえない」と悩んでいたという。
いずれもただでさえ経営が逼迫(ひっぱく)していた上に、緊急事態宣言の延長が報じられて「心が折れた」ことによる倒産決定や自殺だった可能性が高い。
これは、ベトナム戦争の捕虜として8年間拘束された米海軍パイロットのジェームズ・ボンド・ストックデール(後に海軍中将)が「クリスマスまでには出られると考えた捕虜たちは、クリスマスが終わると失望で死んだ」と振り返った「ストックデールの逆説」で知られる現象だ。
業績は落ち込み、将来も見通せない。やむなく経営を継続する店舗には嫌がらせや中傷が多発するなど、周囲からの自粛圧力は高まるばかり。行政からの支援策も十分でなく、それ以前に窓口の大混雑で手続きすらできない。そうした八方ふさがりの状況で、さらに事実上の経済封鎖である緊急事態宣言が延長されれば、追い詰められていない企業でも「まだ余裕があるうちに廃業」を選択するケースも増えるだろう。
企業の倒産や廃業は、コロナ禍収束後の経済再生にも影を落とす。全就業者数の約7割が働く中小企業が減少すれば、失業問題も深刻化する。サプライチェーン(部品・素材供給網)の欠損により大企業の生産現場も影響を受け、商店や飲食店の減少は「買い物難民」の増加や賃金が伸び悩む中での値上げを招きかねない。
こうした壊滅的な状況に陥らないためには、行政の支援が欠かせない。企業経営者が「ストックデールの逆説」に見られるような「心が折れる」状態にならないサポートを急ぐ必要がある。補助金の交付や運転資金の融資をはじめとする早期の経営支援が重要なのは間違いないが、現状のシステムで欧米諸国のような「申請したら3日後には入金」という対応は不可能だ。
しかし「いくら電話をしてもつながらない」「窓口は長蛇の列」という状況では、「生きるか死ぬか」の瀬戸際に追い込まれた経営者の「心が折れる」後押しをしているようなものだ。行政は十分な電話回線を確保し、ボランティアを含めて経営者の相談に乗るコールセンターの拡充を急ぐべきだろう。
実は21世紀に入ってからは、中小企業の内部留保は頭打ちながらも高止まりの状況にある。経営支援策の問い合わせをしている企業が、すべて経営危機に直面しているわけではない。コールセンターで経営状況を聴き、深刻な事態に陥っている企業を最優先で窓口に案内する仕組みを作る。「トリアージ」が必要なのは、病院だけでない。企業支援の現場も同様なのだ。
次に「まだ余裕があるうちに廃業」を選択する企業対策だ。こうした企業の多くは「コロナ禍」という一時的な要因が収まれば、再び利益を出せる優良案件。みすみす廃業させると地域経済の痛手になると同時に、日本経済にとってもボディブローのように効いてくる減速要因となる。
企業が自主廃業を選択しても事業自体を残すM&Aの促進策や仲介窓口の拡充が必須だ。事業がM&Aで存続すれば、雇用やサプライチェーンは維持される。
M&Aであれば企業や事業の売却益を得ることができる。「コロナ禍」という逆風にさらされながらも余裕がある事業ならば、買い手がつく可能性は高い。行政の施策を待たずとも、M&A仲介会社や取引金融機関に直接相談する方法もある。
ストックデール元海軍中将は「ここから出られるだけでなく、最後には必ず勝利を収めて、この経験が人生の決定的な出来事となり、あれほど貴重な体験はなかったと言えるようになるとの確信を失わなかった者が、過酷な捕虜生活から生還できた」と語った。緊急事態宣言という「捕虜生活」を余儀なくされている企業経営者も同じだろう。
文:M&A Online編集部