【横浜ゴム】M&Aで「巨人」と「新興メーカー」に立ち向かう

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横浜ゴム<5101>は国内3位、世界8位のタイヤメーカーだ。とはいえ国内トップのブリヂストンとは売上高で5倍以上の開きがある。半ば装置産業であるタイヤ製造では、スケールメリットが物を言う。巨大なライバルと、どのように戦うのか?そこで横浜ゴムがチャレンジしたのがM&Aである。

M&Aでは後発企業

東京都港区の横浜ゴム本社(同社ホームページより)

そもそも横浜ゴムはM&Aに、それほど熱心な会社ではなかった。平成に入った1989年10月に初の本格的なM&Aとして、米タイヤ製造のモホークラバーカンパニーを買収した。

積極的なM&A攻勢に出たのは、その15年後の2014年9月に米パーカー・ハネフィン社から伊マリンホース製造販売のパーカーMHP社(ヨコハマ工業品イタリアS.R.L)を買収してから。

翌2015年1月に不二精工からタイヤビード(リムにはめ込む部分)専門会社の亀山ビード、2016年7月に農業機械・産業車両・建設車両・林業機械向けタイヤ製造・販売持株会社の蘭アライアンス タイヤ グループ B.V(ATG)、2017年3月に産業車両用タイヤを手がける愛知タイヤ工業と、3年連続で買収を実施した。

このうち約1370億円を投じたATGの買収交渉に当たったのが、山石昌孝常務執行役員(当時)だった。ATGの筆頭株主だった米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)との交渉は難航し、半年にも及んだ。「もう自分の会社員人生は終わった」(山石常務)と何度も覚悟した難交渉の末に買収が成立。山石常務は同M&Aの翌2017年3月に社長へ昇格している。

収益性の高い非乗用車向けタイヤ事業を買収

ATGは農業機械用タイヤに強く、世界的な人口増加による食料需要増や農業効率向上の観点から農業機械は市場拡大が見込まれ、農業機械用タイヤの需要増が期待できると判断した。タイヤ市場は乗用車用を中心とする「消費財」と、トラック、バス、農機用などの「生産財」に大別される。世界市場は消費財と生産財が半々だが、横浜ゴムは消費財と生産財の構成比が2:1となっている。

消費財である乗用車用タイヤは自動車メーカーからのコストダウン圧力が高い上に、アフターパーツ(後付)市場でもカー用品店の値下げ競争激化で価格が低迷している。現在主力の乗用車用タイヤだけでは大手競合タイヤメーカーとの競争で苦戦が予想されるため、価格が比較的安定している生産財タイヤの比率を引き上げて収益性の向上を目指す。

2017年に買収した愛知タイヤ工業も、そうした生産財タイヤメーカーの一つ。1961年に産業車両向けニューマチック型クッションタイヤ(ノーパンクタイヤ)の生産に乗り出し、フォークリフトなど産業車両用タイヤとして出荷している。ノーパンクタイヤでは国内最大手で、約30カ国に輸出するグローバル企業でもある。

2022年3月25日には農業機械・産業用タイヤを製造するスウェーデンのトレルボルグ・ホイール・システムズの全株式を取得し、子会社化すると発表した。取得価額は約2672億円(アドバイザリー費用約20億円を含む)。農機をはじめ鉱山車両、建設車両、林業機械用などの生産財タイヤ事業をグローバルに拡大するのが狙いで、2022年下期中に買収完了を見込む。

生産財の中でも、農機に代表されるOHT(オフハイウェイタイヤ)分野は収益力が高い。欧州大手のトレルボルグを傘下に取り込み、成長加速につなげる。景気に左右される乗用車向けの消費財タイヤに依存する体質では盤石な体制とは言えない。農機用や産機用などの生産財タイヤを手がける企業を傘下に入れ、次の収益の柱に育てる。

収益力が高い農機用などの生産財タイヤ(同社ホームページより)

次なるM&Aは研究開発型企業狙い

次のM&Aのターゲットは研究開発型企業のようだ。同社は消費財タイヤで乗用車の燃費や走行能力などで高性能な製品開発に注力している。そのためにもM&Aを進め、技術の基礎固めを続ける方針だ。これはアジアの新興タイヤメーカーが急速に追い上げて来ているため。

「アジアのタイヤメーカーなど、安かろう悪かろうだろう」と甘く見てはいられない。低価格を維持したまま、品質や機能を向上しているのだ。欧州の高級乗用車メーカーですら、低グレードモデルには新興メーカーのタイヤを採用する動きが出ているという。生き馬の目を抜く消費財タイヤ市場では「中途半端」では生き残れないのだ。

とりわけ間近に迫った「自動車革命」の電気自動車(EV)シフトは、大きな潮目になる。「ガソリンやディーゼルなどのエンジン車であれ、EVであれタイヤを4本使うのは変わらないだろう」と悠長に構えていては、あっという間に出遅れる可能性があるのだ。

これから訪れるEVシフトも当初はバッテリー価格が高く、重量も重いため電池容量が制約を受ける。小容量の電池で航続距離を伸ばすためには、転がり抵抗の低減による電費性能改善が必須となる。カギとなるのはタイヤの軽量化に加えて、転がり抵抗の原因となる発熱を防ぐこと。

横浜ゴムはミドルクラスSUV(スポーツ多目的車)タイプのEV「BMW iX3」で新車装着タイヤの受注に成功した。これも同社の電費性能改善の技術力が評価されたからだ。同時に静粛性の高いEVに装着するため、タイヤプロファイル形状やパターン面の配列を専用設計し、加速通過音の低減も実現している。こうした高機能なEV専用タイヤを量産できるのは、世界でも数社程度という。

「BMW iX3」に採用された横浜ゴムのEV用タイヤ(BMWホームページより)

規模で劣るメーカーが競争を優位に進めるには、生産財タイヤのような自社にとってのニッチ市場へ進出するか、既存の消費財タイヤでより付加価値の高い製品を開発するかのいずれかになる。自社単独では二者択一を迫られる場面だが、M&Aであれば「両取り」が可能だ。横浜ゴムは、それを実行しようとしているのだ。

横浜ゴムのM&A史

年月

出来事
1989年10月 米タイヤ製造のモホーク ラバー カンパニーを買収
2014年9月 米パーカー・ハネフィン社から伊マリンホース製造販売のパーカーMHP社を買収し、ヨコハマ工業品イタリアS.R.Lに社名変更
2015年1月 不二精工からタイヤビード専門会社の亀山ビードを買収
2016年7月 農業機械・産業車両・建設車両・林業機械向けタイヤ製造・販売持株会社の蘭アライアンス タイヤ グループ B.V(ATG)を買収
2017年3月 産業車両用タイヤを手がける愛知タイヤ工業を買収
2017年12月 子会社の株式所有を目的とするアライアンス・タイヤ・グループを設立
2020年10月 浜ゴム不動産を吸収合併
2022年下期 スウェーデンの農業機械用タイヤメーカー、トレルボルグを買収

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online編集部