日本とはこんなに違う! イスラエル企業とするM&Aの「ツボ」

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年間に1000社ものコア技術を持つ有望企業が誕生する「スタートアップ大国」のイスラエル。優れた教育と国家のバックアップ、リスクを恐れない国民性が、世界に通用するスタートアップ企業の量産につながっている。スタートアップの笛を吹けど踊らない日本にとっては、うらやましい限り。

とはいえ、指をくわえて見ているだけでは芸がない。ならば、日本企業がイスラエルの有望なスタートアップとM&Aをしてみてはどうか。イスラエル企業とのM&Aの「ツボ」を、実際の交渉に関わった経営者に教えてもらおう。

スタートアップ発掘にはカンファレンスが最適

アプリのマーケティング支援を展開するアドイノベーションは、2017年7月にイスラエルのTaptica International Ltdに発行株式の57%を譲渡し、同社のグループ企業となった。創業者の1人である石森博光アドイノベーション社長は「Tapticaとの出会いは偶然だった」と振り返る。自社の社員が個人的な旅行のついでに参加したイスラエルでのカンファレンスでTapticaと初めての接触を持ったという。

「現地のカンファレンスでスタートアップ探しを」と、ジャコーレの平戸社長

だが、そんな「偶然の出会い」はそうそう期待できない。では、有望なイスラエル企業と接触するにはどうればよいのか。

2014年に楽天<4755>で、無料通話・メッセージアプリを手がけるイスラエルのViber買収に関わり、現在はイスラエルのスタートアップ企業と日本企業との提携などを支援するコンサルティング会社ジャコーレの平戸慎太郎社長は「毎年9月に開かれるイスラエル最大のスタートアップカンファレンス『DLD Tel Aviv』はじめ、自動車やメディカルなどテーマごとのカンファレンスが毎月開かれている。IVC Research Center Ltdのウエブサイトに、こうしたカンファレンスのスケジュールが掲載されているので、それを参考に参加してみてはどうか」と提案する。

面白い会社を探すには「実際にイスラエルへ行って、パーティーやバーでスタートアップ企業の関係者と飲みながら話すのが最善の方法だ。企業探しで訪問するなら、エルサレムよりテルアビブの方が良い」(平戸社長)という。

気をつけなくてはいけないのは、イスラエル企業が活動しているのは日曜日から木曜日と1日前倒しになっていること。金曜日と土曜日が現地の休日だ。イスラエル企業との「飲みニケーション」をするのなら、木曜日の夜が最適という。

手強いイスラエル企業との交渉

しかし、イスラエル企業はなかなか手ごわい交渉相手(タフネゴシエーター)だ。「楽天時代に30~40カ国の買収にかかわったが、イスラエル企業が最も大変だった」と、平戸社長は振り返る。「自分たちの技術に絶対的な自信を持っており、買いたければ買ってくれという感じ」(平戸社長)だったそう。

「合意後にいきなり別条件を突きつけられることも」と、石森アドイノベーション社長

買われる側も大変だ。「基本合意を結んだ後に、いきなり後出しジャンケンのような条件を突き着けてくることもあった」と石森社長は振り返る。イスラエル企業の交渉は、徹底的に本音ベース。だから言いにくいこともズバズバ言ってくる。

日本人から見ればかなり「攻撃的」だ。もっとも「彼らは冷徹で割り切っているわけではなく、一度打ち解ければウェットな付き合いをするし、感情面のフォローもきちんとしてくれる」(石森社長)という。

イスラエル企業はタフネゴシエーターではあるが、「ロジック(論理)が通っていて、こちらが強気で交渉すれば意外と要求は通る」(石森社長)という一面も。イスラエル企業とのM&A交渉では「ロジック」がモノを言うようだ。情に訴えるのではなく、論理的な説明と駆け引きが重要になる。

気をつけたいのは、イスラエル企業との交渉で「日本人的な受け答えは絶対にダメ」(平戸社長)ということ。「『一旦、社内で持ち帰って検討します』などと話そうものなら、『ディール(交渉)は成立した』と誤解される」(同)ことになりかねない。「ダメな時は、はっきりダメと主張しないと、後々にトラブルの元になる」(石森社長)。十分に留意したい。

交渉の過程で日本人が傷つくことも。「会議で何もしゃべらないと、役員クラスの出席者であっても部屋から出て行ってくれと平気で言われる。しかも、先方には悪気がない」(平戸社長)というから、なかなか強烈。「執行役員は従業員だから席を外してくれ。取締役とだけ話し合いたいと言われたこともある」(石森社長)そうだ。そういう状況を想定して、交渉メンバーを選びたい。

イスラエルのスタートアップ企業と日本企業を仲介をする平戸社長は「日本の商慣習だと明らかに無礼な発言がイスラエル側から飛び出すこともしばしば。そういう時は会議室から即座に彼らを連れ出して説教する。なぜ日本ではダメなのかをきちんと説明すれば、彼らも納得する。たとえば根回しはなぜ必要なのかを、歴史的な背景から説明するといった具合に」と打ち明ける。お互いに誤解のないスムーズな交渉のためにも、イスラエルの事情をよく知る仲介者を立てることも検討すべきだろう。

イスラエルでは上場よりも企業売却が主流

そもそもイスラエルに、なぜ世界レベルの技術を持つスタートアップ企業が多いのか?平戸社長は「よく言われていることだが、やはり軍事技術を民間転用していることが大きい」と指摘する。イスラエルには徴兵制があり、「(イスラエル参謀本部諜報局情報収集部門の一部署である)8200部隊には極めて優秀な若者を送り込まれている。8200部隊の出身者の多くは起業しているが、部隊で身に着けた高度なハッキングなどの技術がスタートアップに役立っている」(平戸社長)そうだ。

イスラエルでは企業だけでなく、技術者の獲得も激しくなっているという。旧ソ連邦のウクライナ、ベラルーシ、ジョージア(旧グルジア)などの企業が、積極的な人材引き抜きに乗り出している。これにはイスラエルの総人口の約20%がロシア語話者であることも関係しているようだ。

イスラエル企業はB2B(企業間取引)の技術系企業が多いという事情もあって、EXIT(創業した企業の株式が流動化する局面)では、新規上場(IPO)よりも企業売却を選択する企業が主流。「シリーズAレベルのスタートアップに2億~3億円単位で数%出資するというケースが多い。取締役を送り込みたいのなら、20~30%は出資する必要はある」と、平戸社長は指摘する。

日本企業によるイスラエル企業へのM&Aは、ここ2年ぐらいで急増している。「日本企業によるイスラエル企業への資本参加は、すでに100社を超えている。日本企業は純粋な投資よりも、自社のビジネスに結びつけることを狙った出資が多い」(平戸社長)という。

政府の後押しもあり、日本とイスラエルの経済交流は活発に(首相官邸ホームページより)

「イスラエル企業は技術こそ優れているが、顧客が何を求めているかなどのマーケティングは苦手。特に日本市場のことは、ほとんど知らない。そこはM&Aした日本企業が補完できるところ」と、平戸社長は指摘する。

文化的にはずいぶんと違うイスラエル企業だが、互いに理解していくことでM&Aを成功させることが十分に可能だ。「イスラエル企業とは、直接会いに行って話すのが一番」と、石森社長も話す。何はともあれ、興味があるのならば先ずはイスラエルに足を運んでみよう。

文:M&A Online編集部