55年もの間、日本が守り続けてきた「名目国内総生産(GDP)ベスト3圏内」の座から転落する可能性が出てきた。円安が定着すれば、2023年にもドイツに3位の座を奪われ世界4位へ後退する可能性があるという。「失われた30年で日本の経済力が低下したため」と言われているが、実はそうではない。今回の転落は、この10年間で起こったことなのだ。
バブル景気前の1980年から2022年(10月までの数値)までの日本とドイツの名目GDPの推移を見てみよう。1980年は日本が1兆1278億ドル、ドイツが8537億ドルと日本はドイツの1.32倍程度だった。その後、日本はバブル経済による景気拡大と円高の進行でドル換算のGDPが膨らみ、両国の格差が拡大する。
バブル崩壊後の景気後退局面にもかかわらず1995年に格差が2.14倍に広がったのは、同年4月に1ドル=79.75円という超円高に見舞われたためだ。2011年には1.66倍、2012年には1.77倍にまで拡大するが、これも2011年10月に1ドル=75円32銭をつけた過去最高の円高の影響だ。
2013年以降は格差は縮小し、2022年(10月時点)では日本が4兆3006億ドル、ドイツが4兆311億ドルと1.06倍にまで縮まった。2013年といえば、第2次安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」が本格的に始まった年だ。アベノミクスでは10年間平均でGDP成長率3%を目指した。
しかし、2013年度から2021年度までのアベノミクス実施期間の成長率は0.41%と目標を大きく下回っている。安倍元首相が「悪夢」と批判した民主党政権時代の2010年度から2012年度の1.47%の3分の1にも届かなかった。一方、2013年度から2021年度までのドイツのGDP成長率は1.11%と低いものの、日本の2.7倍となっている。その結果、この10年間で両国の格差が急速に縮小した。
「たまたま円安に振れたからドイツとの格差が縮まった」との指摘もあるが、金融政策を駆使して円安へ誘導したのもアベノミクスだ。アベノミクスによる円安は輸出産業に莫大な利益をもたらし、大企業の業績を押し上げて株高にもつながった。
それが「好景気」感をもたらしたが、円安による好業績で輸出企業に「緩み」が出たことは否めない。早い話が「儲かっているのだから、イチかバチかの冒険は必要ない」ということだ。イノベーションや最先端テクノロジーで韓国や台湾、中国企業に後れをとり、コモディティー製品の価格競争に巻き込まれた結果、「安い日本」という結果を招く。これもGDPが伸び悩んだ要因の一つだ。
日本経済を支え、世界最強を誇る自動車産業だって例外ではない。電気自動車(EV)シフトの世界的な潮流に乗り遅れつつある。これも円安で国産車メーカーの業績が好調だったため、「急いでEVを投入する必要はない」と判断を誤ったのが原因だ。
日本の製造業は有機ELテレビやスマートフォンといったイノベーションや最先端テクノロジーに乗り遅れた結果、円安による資源やエネルギーなどのコスト増を製品価格に転嫁できない状態となっている。いわゆる「悪い円安」だ。とはいえ、再び1ドル=100円を切る円高になれば、日本の輸出産業は深刻な打撃を受けるだろう。
単純に「ドイツに追い抜かれて世界4位になる」という話ではない。日本経済がこれから再び成長を目指すのか、それとも減少する人口に合わせて緩やかに縮小をしていくのか、長期的な戦略が必要だ。日本は重要な決断を迫られている。
文:M&A Online編集部
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