韓国への経済制裁が引き起こす、日本にとって「最悪のシナリオ」

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日本政府による韓国への輸出規制強化が発表されて1週間が過ぎた。韓国経済を支える有機ELディスプレーや半導体生産になくてはならない3品目の輸出規制だけに、同国の衝撃も大きい。いずれも自国はもちろん、他国からの調達もままならないからだ。

最も懸念される「優秀なパートナーの喪失」

とはいえ、日本も無傷ではいられない。すでに多くのメディアが日本企業への影響を懸念している。先ず指摘されているのが、輸出規制をかけられた化学製品3品目メーカーの売上減である。韓国メーカーは有機ELや半導体の生産大国なので、輸出が規制されれば国産メーカーにとっては大口顧客への販売が細ることになる。

しかし、韓国メーカーにとってはコスト増になるものの、第三国経由からの輸入といった「抜け道」もある。日本政府も自国産業の保護ではなく徴用工判決という政治問題での制裁だけに、自民党支持層へのアピールさえできれば国産メーカーの「食い扶持」となる第三国経由での輸入(日本からみれば輸出)に目くじらを立てる可能性は低いだろう。

では、日本製品の不買運動はどうか。韓国は日本にとって中国、米国に次ぐ第3位の輸出国だ。が、過去に「歴史教科書問題」や「竹島の日」などをめぐり、韓国で日本製品の不買運動が盛り上がったものの大きな影響はなかった。韓国政府による輸入禁止措置でもない限り、日本に対する怒りはあっても「買いたいものを買う」消費行動は変わらないだろう。これは韓国に限らず、どこの国でも同じ傾向がある。

実は今回の輸出規制強化がもたらしかねない最悪のシナリオは、日本の半導体素材・生産装置メーカーが「最良の開発パートナーを失う」ことだ。

メーカーの協力なくしてサプライヤーの技術力なし

スマートフォンやコンピューター、自動車などの完成品、いわゆるBtoC(企業から一般消費者向け)製品であれば、顧客からの意見や要望を吸い上げることはあるが、技術的な共同開発はない。顧客はただメーカー側が「いかがですか」と提供する商品を、買うか買わないかの選択をするだけである。

一方、素材や部品のようなBtoB(企業間取引)製品となると話は別だ。とりわけ半導体や有機ELのような最先端技術を駆使する分野では、顧客が技術や品質、コストなどで細かい要望を出し、それに素材・部品メーカー(サプライヤー)が質問や提案を繰り返して「対話型」の開発作業を進めていく。いわばメーカーとサプライヤーとの共同開発である。

ここで注目すべきは「サプライヤーの技術レベルは納入するメーカーの調達要求に大きく依存する」ということだ。優秀な顧客と取引をすることで、サプライヤーの技術は磨かれていく。最先端の技術であればあるほど、「サプライヤーが100%開発した」素材や部品は存在しない。納入先のメーカーの方が研究開発力が高く、サプライヤーが「指導」を受けていることも珍しくない。

つまりサプライヤーにとっては業界ナンバーワンの企業と取り引きをすることが、自社の競争力を高めるのに最良の選択なのだ。自動車部品世界2位のデンソー<6902>や同6位のアイシン精機<7259>といった国産サプライヤーが高い国際競争力を持つのも、トヨタ自動車<7203>と大きな取引があるからだ。トヨタとの取引が縮小すれば、両社の製品開発力は大きく低下するだろう。

日本の半導体素材・生産装置メーカーにも同じことが言える。これらの国産サプライヤーは1980年代から90年代にかけての「電子立国」時代には国内の半導体やエレクトロニクスメーカーとの取引で製品開発力を世界最高レベルへ引き上げ、日本企業の没落後はサムスン電子やLG電子、SKハイニックスなどの韓国メーカーと取引することで技術レベルを維持してきた。韓国企業との取引が細れば、国産サプライヤーも世界最高レベルから転落するのは避けられない。

死活問題の韓国 「内製化」にカジ

「日本の素材や部品、生産装置がなければ、韓国の半導体・エレクトロニクス産業は壊滅する」との声も聞こえる。だが、1970年代に欧米先進国が日本企業に市場を奪われ、半導体や薄型液晶テレビで一時は世界を制した日本企業が韓国企業に追い抜かれたことを考えれば、あまりに楽観的すぎる。

一方で「半導体やエレクトロニクス産業が崩れれば、韓国経済は破綻する」という見方は正しい。韓国貿易協会の統計によれば、2018年の韓国からの半導体輸出額は輸出総額の21%を占めている。しかも、付加価値が高い。それゆえに韓国も必死だ。仮に何らかの政治的妥協で日本の輸出規制が解かれたとしても、二度と同じ手を食わないように国策で半導体素材や部品、生産装置の内製化を急ぐだろう。

ムン・ジェイン政権は輸出規制品の内製化を舵を切った(韓国大統領府ホームページより)

事実、日本政府による輸出規制の動きを察知した韓国政府は半導体研究開発予算の縮小を見直し、2019年6月に半導体関連産業強化のための「製造業ルネサンスビジョン」を発表。2021年から年額約8300億ウォン(約770億円)、6年間の総額で5兆ウォン(約4600億円)を半導体材料・部品分野へ投入することを決めた。さらに輸出規制強化が明らかになると、これを毎年1兆ウォン(約920億円)に引き上げている。

日本政府や経済産業省は「あれは韓国にお灸をすえたのであって、さらなる輸出規制強化や禁輸を考えているわけではない」というのが本音のようだ。が、韓国にとっては「死活問題」そのもの。韓国政府が進める内製化の動きを止めるのは難しいだろう。

韓国の半導体・エレクトロニクス関連の素材や部品、生産装置の内製化は韓国向け輸出の激減だけでなく、「共同開発」の機会を失い製品技術力が低下することで日本のサプライヤーの国際競争力にも打撃を与えるだろう。欧米や中国市場でも韓国製の素材や部品、生産装置との競合にさらされ、現在は70~90%を占めている世界シェアを失うおそれもある。

そうなる前に経営不安をおぼえた国内サプライヤーが、海外の投資ファンドや企業からのM&Aを受け入れる可能性もある。日本では数少なくなった国際競争力の高い企業や技術が、国外へ流出することにもなりかねない。

文:M&A online編集部