日銀が「利上げ」に踏み切ると、破壊的円安を誘発しかねない理由

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急激な円安ドル高が止まらない(写真はイメージ)

円安が止まらない。円相場が一時1ドル=144円台後半に下落するなど、24年ぶりの円安となっているのを受けて、戦後一貫して円安を容認してきた政府・日本銀行は73年ぶりに警戒感を強めている。しかし、円高の是正は比較的容易だが、円安の是正は極めて難しい。政府・日銀の介入が、予想を超える円安を引き起こす可能性すらある。

世界は「通貨安競争」から「通貨高競争」へ

財務省の神田真人財務官は8日の会見で、急激な円安を「明らかに過度な変動だと思われる」と憂慮。「政府としてこのような動きが継続すればあらゆる措置を排除せず、為替市場において必要な対応をとる準備がある」と為替市場を牽制(けんせい)した。

しかし「口先介入」だけで円安の流れを止めるのは難しい。急激な円安ドル高の原因は市場心理ではなく日米の金利差という実態に基づくものだからだ。日銀がマイナス金利を堅持している間に、米連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ対策のため政策金利を2022年7月に2.25~2.5%へ引き上げた。FRBは9月に、さらなる金利引き上げも示唆している。

ドル高に対抗して自国通貨を引き上げるには、政策金利の引き上げが最も有効だ。欧州中央銀行(ECB)は8日の定例理事会で、主要政策金利を0.5%から1.25%に引き上げた。ユーロ誕生以来、最大の利上げ幅となる。

ほんの数年前までは各国が輸出競争力を高めるため、自国通貨の引き下げ競争をしていた。日本も米国から「安すぎる円」を何度も非難されている。だが現在では、各国とも自国通貨の引き上げに躍起となっている。

理由はコロナ禍で停滞していた経済活動が動き出したことに伴う急激なインフレだ。米国や欧州では物価が暴騰している。物価を引き下げるには、輸入価格が安くなる自国通貨の上昇が有効だ。反対に自国通貨が下落すれば、輸入価格が上昇して物価はさらに高騰していく。

政策金利を引き上げれば自国通貨の引き上げと同時に、投資や消費にブレーキをかけて物価を抑えることができる。

日銀の利上げで、逆に円安が加速する懸念も

では、日本も政策金利を引き上げればいいのではないか?ところが、そうはいかない事情がある。日本の景気回復が遅れているのだ。実質GDPは米国が2021年4〜6月期、欧州が同10〜12月期にコロナ禍直前の2019年10〜12月期の水準を上回ったが、日本の実質GDPは2022年1〜3月期時点でも依然として-0.6%と下回っている。

景気が本格的に回復していない段階で利上げに踏み切れば、不況に逆戻りだ。とりわけ深刻な打撃を受けるのが、足かけ3年に及ぶコロナ禍で体力が弱っている中小企業だろう。

経済産業省は8日、コロナ禍で打撃を受けた中小企業への政府系金融機関による実質無利子・無担保融資の無利子部分を9月末申請分で終了すると発表した。貸し付けの申請件数がコロナ禍前と同程度まで減少しているのが理由で、コロナ支援策の役割を終えたと判断したのだ。

だが、ここで利上げをすると、思わぬ影響が出るのは避けられない。企業が融資を受けているのは政府系金融機関だけではない。民間金融機関は利上げが始まれば、借入金の返済に懸念がある企業に対する貸し剥がしなど、リスク削減のための行動に出るだろう。そこまで行かなくても、追加の運転資金融資には慎重になるのは目に見えている。

住宅ローン金利が引き上げられれば、東京など大都市圏で好調な住宅・マンション販売にブレーキがかかり、高騰を続ける住宅・不動産価格の暴落を招きかねない。バブル景気崩壊が繰り返されることになる。

経済のファンダメンタルズ(指標)も、通貨を大きく左右する。利上げで金利差が縮まり円高に向かったとしても、景気悪化の懸念が上回れば利上げ効果は吹っ飛んで逆に円安に振れる。日銀が政策金利の引き上げを発表した後に円が下落すれば、「底なし沼」の円安は避けられない。

外貨準備を取り崩して円買いを進めても…

同様の懸念はアジア諸国でも広がっている。そこで利上げなしに通貨安を解消する手段として活用されているのが、外貨準備の切り崩しだ。中央銀行が保有する米国債やドルなどを売って、自国通貨を買い支える方法だ。

韓国やインド、タイ、インドネシアなどで外貨準備高が減少しており、外貨を売って自国通貨を買う為替介入に取り組んでいる。かつて日本が円高是正のために米国債やドルを大量に購入して、円安へ誘導したのと逆の手法だ。

もっとも、円高対策の「ドル買い」は容易だが、円安対策の「円買い」は難しい。問題は資金。「ドル買い」の資金は円だ。足りなければ日銀が円を増刷すれば済む。それにより円の供給量を増やせば円安に振れるので、円高対策にはうってつけだ。

一方「円買い」の資金は外貨であり、円のように「国内生産」できない。外貨準備高の範囲内でしか介入できないし、あまりに外貨準備高が減少すれば日本経済の信用力も低下するため円安にふれる可能性もある。

そもそも外貨準備の取り崩しは利上げに比べると、自国通貨の引き上げ効果は小さい。円安を円高に転換する力はなく、せいぜい円安のペースを落とすぐらいだ。

現時点で最も理想的な解決策は、米国のインフレが収束してFRBが再び利下げに舵を切って「ドル安」に転じるか、日本経済が成長して利上げに耐えられる体力をつけるかのいずれかだろう。しかし、それがいつになるのかは全くわからない。

文:M&A Online編集部

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