都市開発の視点で考える「イノベーション創出」

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江島 成佳

株式会社シー・アイ・エー
代表取締役社長

ブランディングのコンセプト開発・企画立案からトータルディレクションおよびマネジメントの実行責任者を歴任。金融・IT、不動産、自動車メーカー、運輸、病院、教育、流通・小売業、飲食業など幅広い業種のブランディングに従事。VI開発やプロダクト、サービス開発、空間設計、コミュニケーション施策なども手掛ける。2021年5月より株式会社シー・アイ・エー代表取締役社長に就任。

吹田 良平氏

株式会社アーキネティクス
代表取締役、MEZZANINE編集長

1963年生まれ。大学卒業後、浜野総合研究所を経て、2003年、都市を対象にプレイスメイキングとプリントメイキングを行うアーキネティクスを設立。都市開発、複合開発などの構想策定と関連する内容の出版物編集•制作を行う。主な実績に「渋谷 QFRONT」、「コミュニティシップ」監修、2017年より都市をテーマとした雑誌「MEZZANINE」刊行などがある。2022年8月に日本でのポートランドブームのきっかけともなった自著「グリーンネイバーフッド」の増補改訂版を上梓。

シー ユー チェン

株式会社シー・アイ・エー
ファウンダー兼取締役会長

36年以上の成功実績があるブランドコンサルティング会社、株式会社シー・アイ・エーのファウンダー兼取締役会長。"Japan Branding"を提唱し、新業態・ブランドの原型を提案するなど、数多くの会社のブランディングを支援、提供している。また、Innovation Prototypingを通して改善プロセスを実践し、成功率を高めている。東京建築士会住宅建築賞受賞。著書に、『インプレサリオ』(ダイアモンド社、2005年)がある。

イノベーションは欠乏充足から欲望充足へシフトすべき

江島

我々CIAは、企業やブランド、社会や暮らしにとっての"あるべき姿"を描きながら、クリエイティブを通して社会に貢献することをモットーとしてブランディング事業を営んできました。このCIAの設立初期からお付き合いしているのが吹田さんです。本日は多数の都市開発に携わられているほか、都市にこだわり、これからの都市のありようを探求するマガジンである「MEZZANINE」の編集長も務めている吹田さん、そしてCIAの会長であるシー ユー チェンと私で、都市や街に求められる未来像、そしてイノベーションを生み出す街のあり方などについてお話を伺っていきたいと思います。

チェン

吹田さんとはCIAの創立以来、都市開発など様々なプロジェクトに一緒に取り組んできました。その中で意識していたのは"あるべき姿"でした。吹田さんも独自の都市開発におけるビジョンを持っていたと思いますが、現段階での"あるべき姿"はどのように変わってきていると考えていますか。

吹田

昨今のスマートシティ開発、あるいはもっと広くイノベーション界隈に関して感じるのは、いずれも人や社会の営みにおける課題解決に終始してしまっていることに対する居心地の悪さです。現状マイナス状態に陥っている状況をプラスマイナスゼロのニュートラル状態に戻す。これが課題解決ですよね。つまり欠乏しているものを補いましょうと。もちろん課題の渦中にある状況であれば、いち早く止血をしなければならないのは当然です。しかし、パイオニアになろうとしている人や企業にとって、それ以上に重要なことは、その次の段階、プラスマイナスゼロの状態からプラスを生み出す、言い換えるならば、欠乏充足を超えて欲望充足の地平を考えること。そうでなければ、エンドユーザーは熱狂して受け入れることはしてくれないですよね。単なるDo goody企業にとどまっていては。それでは社会的インパクトのあるイノベーションは生まれないのではないでしょうか。欲望充足とは遊び心であり、それは創造性と同意です。この創造性には課題解決と違って正解がありません。遊び心ですから。つまるところ、あなたは、私は、何がしたいのか、どうありたいのか。その熱情や具体的イメージこそがスマートシティやイノベーションの原資だと思っています。 

チェン

日本では安心安全や実績、社会的信用を優先しすぎるため、なかなかクリエイティブになれない、だから未来を見い出しにくい。欧米社会と比べると、そういった社会的背景が強いのかなと感じています。

イノベーション創出で鍵を握る「接続の質」

吹田

昨今、心理学におけるウェルビーイング研究がかなり進んでいて、人のハピネス度(幸福 度)が定量的に解明されつつあります。ある論文によると、どういったシチュエーションで人間は幸福度が上がるかが科学されていて、それによると、成功か失敗かに関わらず、自分がしたいことを実際に行動に移して取り組んでいるとき、つまりWillをDoに転化したタイミングで人は幸福感を覚えるというのです。

これは自らの野心に対するチャレンジスピリットそのものであり、さらに言えば、「私はこれをしたい」という具体的欲望に自覚的ということが前提の社会です。やりたいことであれば、月60時間残業しても苦にならないし、仮に失敗してもそこから何かを得ることができる。成長がある。

しかし、正解が1つでそれ以外の答えは受け入れない社会、そうした受験教育に培われた価値観の中では、やりたいことがあっても、それがいわゆる正解とは異なる代替案の場合、なかなか動き出せない。受験教育の呪縛が自らを律してしまうんですね。じゃあ、それをどうやって溶かしていくか。自身の制動マインドセットを打破するには自らの内なる創造性に素直になるしかない。しかも、そこにはウェルビーイングやハピネスといったボーナスもある。さらに加えるなら、創造性はリスクテイクとの親和性も高い。だから「Happiness by creativity」というところからしか次に行けないんじゃないか。それをみんなが意識して、努力しながら無理しながら徐々に実践することで、日本に次なる可能性が開けてくるのではないか、言うは易しですが、そんな気がしています。

チェン

過去にブータン王室主催のワークショップに招かれて参加したことがあるのですが、ブータンの人達は幸福度を、持続維持に向かって、ファミリーと共に笑顔で暮らす価値観にウエイトを置いていました。一方、我々はまだGDPや自分の資産規模にこだわっています。そこから脱却して、本当の意味での「未来の幸せのあるべき姿」が見えてくると、ギアチェンジできるきっかけになると思います。

吹田

賛成です。では、私たちがその境地に近づくためにどうすればいいか。鍵は「接続の質」だと思います。

街を意図的、計画的にイノベーションが起こりやすい状況にトランスフォーメーションする、イノベーションディストリクトというコンセプトがあります。そのキーピラーとして指摘されているのが、エコノミックアセットとフィジカルアセット、そしてネットワーキングアセットの三種の神器です。

アンカーとなる研究機関や研究大学、そこで生まれた知財を展開応用してビッグビジネスにするテック大企業、彼らが事業化できないニッチでユニークな製品を生み出すベンチャー企業、そしてそれらの主流であるZ世代の従業員が好む居心地のよい居住空間やカフェ、レストランといった都市アメニティ、以上がエコノミックアセットです。フィジカルアセットは、それらを埋め込む器としての建物や、ダイアローグの現場としてのストリート、公園などを指します。

大切なのが3つ目のネットワーキングアセットで、これが、私の言う接続の質です。私たち日本人は仲間内では互いに嫌われないように同調的に振る舞いがちですけれど、一旦その枠の外に出て見ず知らずの人間を前にすると、壁を作るか、極論すれば敵対心さえ持ってしまいますよね。ダイバーシティどころの話ではありません。これでは、新結合どころかセレンディピティも発生しにくい。自戒を込めて言いますが、このマインドセットを意識して努力して変えていくことが重要だと思います。その過程では、CIAやデロイトがカタリスト役を果たして、接続を支援することも重要だと思います。

一次情報にダイレクトにアクセスできる"場"を創ることの意義

江島

吹田さんのご指摘は重要なポイントだと思います。欧米と同じインフラを日本で作っても、プレイヤーである企業の接続の質が低ければイノベーションは起こらないんですよ。

欧米では、イノベーションを起こすために、イノベーターが必要なリソースにすばやくアクセスできるように、物理的に近い場所にスタートアップに対するインベスターがいて、法的な部分をサポートする弁護士がいて、なおかつイノベーションの種を生み出す大学や研究機関や、ものづくりを支援するファクトリー機能がある。そうした環境がきちんとプロットされていて、だからイノベーションが起きるんですよね。それを形だけ真似しても、接続の質は高まらないなと思います。特に日本の場合は、それぞれの要素を水平ではなく、高層ビルを使って垂直に展開するので、余計にネットワークがつながらない。

吹田

僕はそもそも開発や高層建築が大好きです。ただ、人間は無目的には上の階に登らない。展望レストランに行きたいなど目的があれば別ですけれど、無目的に上階に登ることはまずありません。だから高層ビルの中にイノベーションのための施設を埋め込んでも、多様な人たちが偶然出会い、ダイアローグして新たな気づきを得るといったことは起こり得ないんです。

例えば、人と話したり本や論文を読んだりして新たなアイデアが生まれたとしましょう。これを形にするためには、その道の先達に壁打ちしてもらう必要がある。でもここで接続がつながらないんです。奥ゆかしさという素敵な日本文化のために、なかなか次のステップに進まない。せっかくのパッションとクリエイティビティが死の谷に落ちてしまう。この機会損失たるや、と思うんですよね。

そこにいる人にはいつでも話しかけてOKですよという治外法権エリアを街の中に整備して、企業の垣根を越えた知恵の接触と知識の協業を促していく。その時に重要なのは、売れっ子デザイナーに頼んで洒落た欧米風の空間を作ることではない。いかにファンキーでアナーキーな余白空間を作るか、です。受験教育エリートの発注者ではそれがまかりならない。だからCIAがその触媒役を果たすことが大切なんです。イノベーションを起こすためには、そうした初源的なところから始める必要があると思っています。

チェン

もう1つ感じるのは、一次情報にダイレクトにアクセスした方が接続の質が上がるということです。ところが僕たちはデジタル文明の中に生きていて、二次情報や三次情報で物事を判断したり影響を受けたりしているところがある。でも、一次情報を持っている人に会って話を聞くと、二次情報や三次情報へのアクセスでは到達できない深さで理解できる。さらに直接会って話すとエネルギー感が伝わってくるので、脳の反応も違います。

吹田

仰る通りです。街の中に一次情報にストレスなくアクセスできる場や機会があれば、街中でアイディアのパス回しが盛んになり、やがて街全体の集合知が高まっていきます。それがうまく駆動すると街自体が自己組織化していきます。街がラーニングオーガニゼーションに昇華するんです。生態系化ですね。企業がこのまま自前主義を続けていても誰も次のフェーズには到達しません。イノベーションエコノミー時代のCBD(センター・ ビジネス・ディストリクト)とは、そうしたマインドセットに満ちた街だと思います。形にしたいアイディアを持っている人たちが国境を越えて集まって、人と議論や壁打ちが躊躇なくできて、ナレッジのギブアンドテイクがコモンセンスで、失敗を恐れずにアイディアの実現に挑戦できる。日々自らのケイパビリティが成長、拡張していく。だから毎朝起きるのが楽しい。つまりハピネスを実感できる。街ではなく、そこに集う人間がスマートな状態。それが私の考えるスマートシティのイメージです。私は都市をテーマにした「MEZZANINE」という雑誌を発行していますが、最新号に日本の「CBDの終わりの始まり」というアジテーションを書きました。いよいよオールドエコノミーに立脚してきたこれまでのCBDは、CCD(センター・コラボレーション・ディスト リクト)にトランスフォーメーションするタイミングだという想いを込めたものです。

江島

それに企業が気づけば接続の質がすごく高まり、イノベーションの創出にもつながりますよね。今日は本当に多くのヒントをいただけたと思います。本当にありがとうございました。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーでは、多様な専門性をもとに、M&Aやクライシスマネジメントなどに係るプロフェッショナルサービスを提供しているほか、大きく変革する状況に対応するべく、我々が持つ専門性を新しい形で届けるために、プラットフォームやアプリケーションなどを介しての取り組みを開始しています。「FA Portal」はこの取り組みの1つとして展開しているWebメディアであり、社会課題や近年のビジネスキーワードなど、さまざまなトピックについて、専門家の視点からさまざまな情報を発信しています。


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