コーポレートガバナンスを考える PBRとM&A

alt
写真はイメージです

東証の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」とPBR

東京証券取引所は、市場区分見直しの実効性向上に向けて、施策の進捗状況や投資家の評価などを継続的にフォローアップし、上場会社の企業価値向上に向けた取組み等の議論を行うため、エコノミスト、投資家、上場会社、学識経験者その他の市場関係者が参加する有識者会議(市場区分の見直しに関するフォローアップ会議)を設置し、2022年7月29日から2023年1月25日まで合計7回の会議を重ね、2023年1月30日、「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」を公表した。

注目すべきは、継続的にPBRが1倍を割れている会社には、「経営陣や取締役会において、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額の評価を議論のうえ、必要に応じて改善に向けた方針や具体的な取組、その進捗状況などを開示すること」を強く要請していることである。

PBRは、株式の時価総額が簿価純資産(株主資本)の何倍かを表す指標であり、1倍未満の会社は、株式の時価総額が会社の資産価値を下回る状況といえる。

東京証券取引所の分析によると、2022年7月1日時点(外国会社を除く)において、PBR1倍割れはプライム市場の50%(922社)、スタンダード市場の64%(934社)だった。主要株価指数の構成会社のうちPBR1倍割れの会社の割合は、米国(S&P500)5%、欧州(STOXX600)24%に対して、日本(TOPIX500)は43%に上る。

出所:東京証券取引所「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議 第1回事務局説明資料」(2022年7月29日)17頁

PBRとアクティビスト

そのPBRはPER×ROEに分解される。

グロース投資家はどちらかというとPERに注目するが、バリュー投資家はROEに注目し、短期的にROEを改善するイベントを促し、PBRの拡大による株価上昇を狙っているが、「物言う株主」であるアクティビストは、バリュー投資家の考え方を熟知している。

そのイベントの典型が、分母の簿価純資産を減少させる当期利益以上の増配や自社株買いなどの株主還元(ペイアウト)である。

例えば、3D Investment Partnersが2022年、富士ソフトに提案した経営改善書(ホワイトペーパー)をみると、PBRとROEをプロットした図が登場し、低水準のペイアウトを改善すべき提案がなされている。

出所:3D Investment Partners「富士ソフトの飛躍的な企業価値創造のために」(2022年11月)12頁

そして昨年は、アクティビストに攻められた会社が、自社株買いで彼らの保有株を買い取る動きが相次いだ。しかし、たとえ彼らを追い出したとしても、根本的な経営改善とはならず、アクティビスト以外の株主も納得するはずがない。

一部のメディアでは、自己株買いの対価を「立ち退き料」と揶揄したが、もっともである。

資本コスト経営の本質

継続的にPBRが1倍を割れている会社は、どのような経営改善が求められているのだろうか。

このような会社は、株式の流動性が低いため、株主価値が株価に反映していない可能性が高い。もっとも、「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」では、「コーポレートガバナンス・コード原則5-2の趣旨を踏まえたプリンシプルベースの対応として、上場会社に通知する」という。

そのコーポレートガバナンス・コード原則5-2では、「自社の資本コストを的確に把握した上で、収益力・資本効率等に関する目標を提示」することが求められている。つまり、資本配分(キャピタルアロケーション)を意識した経営(資本コスト経営)を促しているといえる。

「資本コスト経営」というと、資本コストを算定し、目標ROEとともに、これを開示する会社が見受けられる。しかし、資本コストは、投資家が決めるもの(資本市場で決まるもの)といえる。投資家が経営者に求めているのは、コストを出して調達したキャピタルをどこに投資するか、つまり、事業そのものである。

例えば、英国財務報告評議会(The Financial Reporting Council; FRC)は2011年、Financial reporting Labというプロジェクトを設置し、ディスクロージャーのベストプラクティスを議論しているが、2016年のレポートをみると、多くの投資家は、会社に次のような内容を求めていることが分かる。

●事業の内容とバリューチェーン上の位置づけ
●主要部門とその貢献度
●主要な市場と市場セグメント
●競争上の優位性
●主要なインプット(資産と負債、リレーションシップとリソース)とその維持もしくは強化の方法
●主要な売上と利益のドライバー
●経済的価値の創出を支える他のステークホルダーのために創出された価値
●各事業において相対的に重要な指標

出所:FRC, Lab project report: Business model reporting October 2016.

しかし、日本のディスクロージャーをみると、一部の先進的な会社を除き、これらが明らかなものは決して多くなく、継続的にPBRが1倍を割れている会社は、その傾向が強いように思われる。

資本コスト経営とM&A

このようなディスクロージャーが少ないのは、キャピタルアロケーションを行う経営管理体制が整備されていないことに起因しているケースが多い。

この点、ソニーグループは、既存の6つの事業を精緻に分析した上で、キャピタルアロケーションの原資のうち、株主にペイアウトする部分と、事業に再投資する部分に分け、ディスクロージャーしている。

出所:ソニーグループ「統合報告書2022」23頁

また、戦略投資、つまり、事業の買収(M&A)や出資については、新たな成長事業(コンテンツIP/DTCやテクノロジー)に投資することを明らかにし、この進捗もディスクロージャーしている。

出所:ソニーグループ「統合報告書2022」24頁

そして、戦略投資の意思決定にあたっては、①事業の領域ごと、通貨ごとに最低限達成すべきリターンのレベルをハードルレートとして設定し、これを上回るリターンが得られること、②事業の長期的な成長に資することなどを基軸に判断を行っていることもディスクロージャーしている。

投資家は、ディスクロージャーから事業の仮説を立て、会社と「対話」し、事業を見極めることはできるが、事業そのものを変えることはできるのは、経営者しかいない。事業に再投資する部分のうち、M&Aはその要といえる。

この詳細をディスクロージャーしているソニーグループも2013年、サードポイントからホワイトペーパーが提出され、経営改善に取り組んだ結果、現在の経営管理体制に至っている。

たしかに、株主に機関投資家が多いソニーグループと必ずしもそうではないPBRが1倍を割れている会社に同じレベルの経営管理体制は必要ないかもしれない。しかし、資本コストや目標ROEのみディスクロージャーする小手先の資本コスト経営では、機関投資家に注目されず、アクティビストばかり呼び寄せ、「立ち退き料」の支払いに頭を悩ませることになる。

継続的にPBRが1倍を割れている会社への経営改善開示の対象となる対象となる市場は、「プライム」と「スタンダード」で、実施時期は「2023年の秋」。

投資家から調達したキャピタルをどの事業に投資し、そのリターンをどの事業に再投資するか、もしくは株主にペイアウトするか。上場会社の経営者には、市場の区分にかかわらず、その戦略が求められているように思われる。

文:吉村一男