M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(上)

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敵対的買収防衛策の適法性に関する判断枠組み

敵対的買収とその防衛策が増加している。2021年は、敵対的買収が過去最高の8件となり、公開買付け(TOB)案件全体(71件)の10%を超え、買収防衛策の適法性が裁判となるケースが急増したが(「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」参照)、今年に入っても新たに買収防衛を導入する会社や株主がその防衛策の適法性を裁判に持ち込むケースが相次いでいる。

ここでいう「敵対的買収」とは、いうまでもなく「買収の対象となる会社の経営陣の同意を得ないで行われる買収」のことだが、「防衛策」(正確には「大規模買付行為時における情報開示」)は近年、「特定標的型」の防衛策を導入・発動するケースが多い。なぜなら、アクティビストファンドが市場内買付けで株主となり、その前後で、TOBの実施を武器として、経営陣と交渉するケースが多いからである。必ずしもTOB後ではないため、「半有事」ないし「準有事」導入などと呼ばれる。

その「防衛策」は2005年(平成17年)、経済産業省と法務省が共同で公表した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(2005年5月27日)の内容、すなわち、①企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則(買収防衛策の目的は、企業価値ひいては株主共同の利益の維持・向上とする)、②事前開示・株主意思の原則(買収防衛策は、事前にその内容などを開示し、株主等の予測可能性を高める、株主の合理的意思に依拠したものとする)、③必要性・相当性の原則(買収防衛を過剰なものとしない)に沿った内容が多い。

具体的には、一定の情報開示等を買収者に求め、買収者がこれに従わない場合には対抗措置を発動する(上記原則②)、対抗措置は通常、差別的行使条件が付された新株予約権無償割当てであり、設計はケースバイケースであるが、買収者への金銭補償を一定の範囲で定めるケースが多く(上記原則③)、対抗措置の発動に際しては、独立委員会の判断を経たうえで、買収者(とその関係者)および会社の取締役(とその関係者)を除外した株主で出席した者による「株主意思確認総会」による承認を経るケースが多い(上記原則②)。

会社が対抗措置を発動した場合は、買収者は「株主平等原則違反(会社法109条1項)」といわゆる「不公正発行該当性(会社法247条2号の類推適用)」を理由として会社法247条の差止請求権を被保全権利とする仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)の申立てを行い、裁判となる。

その裁判は、2007年(平成19年)のブルドックソース事件最高裁決定(最決平成19年8月7日民集61巻5号2215頁)では、まず、株主平等原則を判断し、その後、不公正発行該当性を判断したが、最近の裁判例では、まず、不公正発行該当性を判断し、「必要性」、すなわち、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値が毀損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されるか否か(上記原則①)」と「相当性」、すなわち、「敵対的買収者に過度な不利益を課すものではないか否か(上記原則③)」をクリアした場合には、株主平等原則違反はないとするケースが多い。

なお、2005年(平成17年)、経済産業省の企業価値研究会が公表した報告書(2005年5月27日)は、「良い買収と悪い買収とを決める基準は企業価値であるべき」、すなわち、「企業価値を損なうような買収の防衛策は合理性があり、企業価値を高めるような買収の防衛策は合理的でない」と整理したが、誰がそれを判断すべきかは、意見が分かれていた。

しかし、同年のニッポン放送事件東京高裁決定(東京高決平成17年3月23日判例時報1899号56頁)が「取締役会限りでの買収防衛策の導入・発動は容易に認めない」との姿勢を示し、また、2007年(平成19年)のブルドックソース事件最高裁決定が「株主自身により判断されるべき」と述べたため、最近の裁判例でも、たとえ対抗措置の導入・発動を「取締役会」のみで判断したとしても、事後的に「株主の意思」によって対抗措置が撤回・解除されることが予定されているか否かによって対抗措置発動の是非が決せられている(「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」参照)。

東京機械製作所事件の最高裁決定を巡るアカデミックの議論

そのような中、公表されたのが2021年の東京機械製作所事件の最高裁決定(最決令和3年11月18日資料版商事法務453号94頁)である。

これは、取締役会決議で防衛策(有事導入型)が導入され、株主意思確認総会を経て発動された対抗措置が適法とされたケースであるが、これまでの裁判例と異なり、買収防衛策の導入に「MOM(majority of minority)、すなわち、利害関係のある株主を除外した株主による多数決が用いられ、買収防衛策の必要性に「強圧性」、すなわち、買収者が支配権(または相当割合の株式)を取りに行くプロセスにおいて株主が持株を売却する判断に与える圧力の理論が用いられたことが特徴といえる。そこで、アカデミックの世界では、活発な議論が行われている。

まず、「強圧性」について、早稲田大学の鈴木一功教授は、東京高裁決定は「3分の1を超える株式を短期間のうちに買収する行為は、(中略)買収者による経営支配権の獲得によって会社の企業価値が毀損され、ひいては株主の共同利益が害される可能性があると考えれば、そのリスクを回避する行動を取りがちであり、それだけ一般株主に対する売却への動機付け、ないし売却へ向けた圧力(強圧性)を持つ行為と認められる。」と述べているが、東京機械製作所の株価の動向を分析した結果、株主が買収者による株式保有比率引き上げによる経営権取得後の株価下落の可能性を織り込んで、株価が下落を始めた結果、自己の保有株式を性急に安値で売ることを余儀なくされたというエビデンスは、確認されなかったという。

また、名古屋大学の松中学教授は、強圧性の具体的な程度や影響が十分に分析されず、正当化できるのか疑わしい場面でも防衛策の必要性や効果を肯定するための便利な「道具」として強圧性が用いられる懸念も生じているという。

また、学習院大学の神田秀樹教授は、東京高裁決定が述べる強圧性は理論ないし理屈であって、実際の事案において強圧性の存否や程度が測定された例はなさそうであるため、強圧性があるからMONによる株主意思確認総会が意味を有するという理屈だけではなく、株主で買収者以外の株主は買収者による買収は会社の「企業価値」を損なうものであって適切でないと判断したというところが重視されてしかるべきという。

さらに、スタンフォード大学のCurtis J. Milhaupt教授と武蔵野大学の宍戸善一教授は、日本の学説および判例は強圧性を単一の現象として取り扱ってきたが、これを買収手法が一般株主に売り急ぎを強いるような「構造的強圧性」と、買収提案が「企業価値」を過小評価する「実質的強圧性」の2つの種類に区別することが重要であるという。

次に、「MOM」について、東京大学の加藤貴仁教授は、買収防衛策の議論を考える際には、個々の裁判例だけではなく、M&A法制全体の中で買収防衛策がどういう機能を果しているか考える必要があるところ、MOMを用いたのは、現行の金商法の公開買付(TOB)規制が市場内買付けに適用されておらず、急速な市場内買付けに対する対応が不十分であるため、苦肉の策として正当化できるという。

また、京都大学の白井正和教授は、買収者はTOB開始やその後のスクイーズアウトの実施については特に予定していないことや支配権取得後の経営方針や事業計画について具体的に明らかにおらず、強圧性の程度は相当に強いといわざるを得ないため、MOMを認めるという議論は成り立ちうるが、株主総会決議において買収者の議決権行使を認めないという対応が一般に許容されるとした先例であると評価することは避けなければならないという。

一方、Milhaupt教授と宍戸教授は、MOMは一定の状況において、米国デラウェア州判例法のほか、英国TOB法でも用いられるが、デラウェア州判例法の下でMOMが用いられるのは、支配株主と少数株主の間の利益相反の度合いを弱めるためにのみ限定され、英国TOB法の下でMOMが用いられる状況は極めて限定され、いずれの国でも、対象会社の現経営陣による買収防衛策を有効とするためにMOMが用いられたことはないところ、MOMを支配権争いの局面で用いることは、現経営陣の保身のために濫用される危険が大きく、資本多数決というコーポレートガバナンスの基本原則に反する不適切なものであるという。

また、2007年のブルドックソース事件最高裁決定が「株主自身により判断されるべき」としたのは「実質的強圧性」の有無であるため、「構造的強圧性」の脅威に対しては、MOMによる承認を必要とせずに「取締役会」決議による買収防衛策の導入・発動を認め、「実質的強圧性」の脅威に対しては、買収者を含む「すべての株主」の議決権行使による買収防衛策の発動の承認を求めるべきという。

このように、「構造的強圧性」を買収防衛策の必要性とすることや、買収防衛策の発動を「MOM」に限定することについては見解が分かれている。

<参考文献>

・加藤貴仁ほか(2022)「コーポレートガバナンス改革と上場会社法制のグランドデザイン〔Ⅶ〕」商事法務2301号59-67頁

・神田秀樹(2022)「株主意思確認総会を巡る近年の動向」MARR332号

・カーティス・ミルハウプト=宍戸善一(2022)「東京機械製作所事件が提起した問題と新J-Pillの提案」商事法務2298号4-20頁

・白井正和(2022)「近時の裁判例を踏まえた買収防衛策の有効性に関する判例法理の展開」民商法雑誌158巻2号283-326頁

・鈴木一功(2021)「TOBと市場買付けの「強圧性」に関する考察~東京機械製作所の買収防衛策を題材に~」MARR327号

・松中学(2022)「敵対的買収防衛策に関する懸念と提案-近時の事例を踏まえて-(上)」商事法務2295号4-16頁

文:吉村一男