コーポレートガバナンスを考える MBOや上場子会社の完全子会社化における特別委員会の役割

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TOBの不成立と構造的な利益相反構造の問題があるM&A

インフロニアによる東洋建設の公開買付け(TOB)が不成立に終わった。TOBの不成立案件は、2021年に7件あったが、うち3件がMBO案件であり、今年に入っても、投資ファンドが関与しないMBOとして過去最大級(最大714億円)と目されていた片倉工業のMBOが不成立となったのは記憶に新しい。

そのMBOは、南山大学経済学部の川本真哉教授によると、5つのタイプに分類され、わが国の1996年から2019年までに公表された970件のMBOは、金額ベースでは非公開化型(株式市場からの退出を選択するもの)が最も多く、ダイベストメント型(事業部門もしくは子会社の経営陣が独立を目指して実施するもの)がこれに続く。

非公開型MBOは、2021年に19件と、21件であった2011年に迫る高水準となった。

では、MBO目的のTOBはなぜ不成立となるケースが増加しているのか。

それは、上場会社のM&Aは、買収者と買収対象会社(対象会社)の取締役会が交渉し、買収価格を決定するが、対象会社の取締役会は、企業価値の向上のほか、買収価格の最大化を確保するインセンティブがあるところ、MBOは、買収者が対象会社の経営陣の一部であり、構造的にそのようなインセンティブが生じにくいため、TOB開始後、キャッシュアウトされる少数株主が対象会社の取締役会に買収価格であるTOB価格にクレームし、対象会社の株価(市場価格)が上昇、TOB価格を上回るからである。

MBOは、支配株主である親会社による子会社の全部買収(上場子会社の完全子会社化)と同様、「構造的な利益相反構造の問題があるM&A」といえる。

特別委員会設置と買収プレミアムとの関係

米国では、このような構造的な利益相反構造の問題があるM&Aの場合には、対象会社の取締役会が独立取締役を構成員とする特別委員会を設置するケースが多い(「M&A法制を考える マーケット・チェック」参照)。

なぜなら、かかる特別委員会の独立性が認められ、特別委員会が自らアドバイザリーを選任し、取引を拒絶する権限を有し、注意義務を尽くせば、受託者責任訴訟において経営判断の原則が適用され、少数株主による攻撃をほぼ免れるという法理が確立しているからである(2014年のMFW事件)。

経済産業省が2019年に策定・公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-」(M&A指針)でも、特別委員会の設置は、「M&Aの公正性を担保する上で有効性の高い公正性担保措置」であり、「手続の公正性を担保する上での基点」と指摘され、東京証券取引所が2020年より毎年公表している「「公正なM&Aの在り方に関する指針」を踏まえた開示状況」によると、特別委員会を設置するケースは着実に増加している。

では、特別委員会の設置は、買収価格の最大化に関係しているのか。

M&A指針公表前のケースをサンプルとした研究は、以下のように、特別委員会の設置などの公正性担保措置が買収プレミアム((買収価格-市場価格)÷市場価格)へ及ぼす影響を実証したものがある。

井上・小澤(2016:東京工業大学工学院経営工学系教授・東京工業大学大学院社会理工学研究科):2006年12月13日から2013年12月末までに公表されたTOB487件をサンプルとした結果、社外取締役比率の高い対象会社は、株主利益の最大化の視点で交渉を行い、買収プレミアムの最大化を図ると予測したが、有意な効果は確認できず、特別委員会の設置も、買収プレミアムを高める効果は確認できなかった。

中村(2019:慶應義塾大学大学院経営管理研究科):2005年7月15日から2019年8月15日までに公表された非公開型MBO137件および上場子会社の完全子会社化130件をサンプルとした結果、公正性担保措置の効果については、当初の予想に反して、買収プレミアムへの明確なプラスの効果を確認することはできず、特別委員会の設置も、プラスに有意な影響は確認できなかった。もっとも、設置事例に限れば、少なくとも開催期間または開催回数が長いまたは多いことは買収プレミアムに対してプラスの効果を持つ傾向があることが確認された。

川本(2022:南山大学経済学部教授):2007年11月1日から2019年末までに公表されたMBO100件をサンプルとした結果、MBO前の株価収益率が良好な会社では、特別委員会に社外取締役を選任している一方、アンダーバリュエーションに陥っている会社では、特別委員会に交渉権限を付与していることが明らかとなったが、社外取締役の選任は買収プレミアムに負の影響を与えていることが確認された。もっとも、特定の利益相反構造下(ファミリーなどの支配株主が存在する場合やファンドがMBOに関与する場合)では、少数株主の富の引き上げに寄与していることが確認された。

このように、筆者の知り得る限り、特別委員会の設置と買収プレミアムとの間の明確な相関が実証された研究は存在しない。

特別委員会のプラクティス

もっともこれは、特別委員会の設置が買収価格の最大化に全く関係がないということを意味しているのではない。なぜなら、M&Aは会社に対する集合的な所有権をもたらすが、この集合的な所有権には「価値」があり、通常、単元株式の「市場価格」にはこの価値が反映されないため、買収者は「買収プレミアム」を支払うところ、これは証券取引所で取引されるものとは異なる資産に対する「市場決済価格(the market-clearing price)」に過ぎないからである。

すなわち、買収プレミアムは「買収価格」と「市場価格」の差であるが、「買収価格」と「価値」の差ではない。

では、特別委員会は、どのようなプラクティスをすべきか。

米国デラウェア州の受託者責任訴訟のほか、株式価格決定申立権に関する訴訟(鑑定訴訟)が参考になる(「アクティビストを考える(上)アクティビスト株主による Bumpitrage と Appraisal Litigation」参照)。すなわち、構造的な利益相反構造の問題があるM&Aのような買収者が支配株主である場合には、「買収価格」を尊重せず、「価値」を審査するが(例えば、2020年のSynapse Wireless事件や2022年のSalem Cellular事件など)、これは買収プレミアムの大きさではなく、買収価格が継続企業(a corporation as a going concern)としての本源的価値(intrinsic value)の比例価値(the pro rata value)を反映しているか否かを審査しているため、特別委員会もその観点から判断すべきといわれている。

もっとも、わが国は米国と異なり、たとえ構造的な利益相反構造の問題があるM&Aのような買収者が支配株主である場合でも、公正性担保措置を講じていれば、「価値」を審査せず、「買収価格」を原則的に尊重する法理が確立しているため(2016年のJCOM事件)、特別委員会にそこまでのプラクティスをするインセンティブがないかもしれない(「頑張って交渉すれば足りる」という論調もみかける)。

しかし、株主がそれを許容するか否かは別問題である。買収価格が低いと主張し、その根拠である価値評価の改善を要求する”Bumpitrage”は増加の一途であり、2019年の廣済堂、2020年のニチイ学館、日本アジアグループ、2021年のサカイオーベックス、光陽社、パイプドHD、2022年の片倉工業のMBOは、いずれもキャッシュアウトされる少数株主が取締役会に「買収価格であるTOB価格に対象会社の価値が反映されていない」とクレームし、ニチイ学館以外のMBOはこれが原因でTOBが不成立となっている。

M&A指針を検討した研究会では、ある委員から「特別委員会があるから大丈夫だと思っている機関投資家は流通市場にほとんどいない・・・現実として特別委員会が期待するような機能を果たしてくれるという期待がない。」とのコメントや「手続の正当性は、必ずしも価格の正当性を証明することにはならない。

この2つは別の次元で議論され、もちろん関係性はあるが、別々の判断をしなければいけない。・・・相手に希望価格があれば、それになるべく近づけて算定書を出すというのがある意味フィーをいただいている立場(価値評価者)からすると当然。・・・一定の範囲内で算定書の数値にバイアスは当然かかっているという理解。」とのコメントがあった。

コーポレートガバナンスは、株主とそのエージェントである経営陣の間の「エージェンシー問題」を解決する理論であるが、かかる問題は、MBOや親会社による子会社の全部買収(上場子会社の完全子会社化)など、支配株主と少数株主の間でも生じる。その問題を解決する手段として特別委員会の役割は大きい。2021年に改訂されたコーポレートガバナンスコードでも、支配株主を有する上場会社に少数株主保護のための利益相反管理措置(独立社外取締役の3分の1以上の選任または特別委員会の設置)が求められた(補充原則4-8③)。形式はともかく、実質的に機能しているか否か。その真価が問われている。

<参考文献>
川本真哉(2022)『日本のマネジメント・バイアウト』(有斐閣)
鈴木一功=田中亘編著(2021)『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)
吉村一男(2020)「利益相反構造のあるM&Aにおける公正性担保措置の検討-『公正なМ&Aの在り方に関する指針』の公表を踏まえて」関西法律特許事務所編『民事特別法の諸問題 第6巻』(第一法規)641-675頁
Korsmo, C., Myers, M. (2022)What Do Stockholders Own? The Rise of the Trading Price Paradigm in Corporate Law, 47 J. Corp. L. 389.

文:吉村一男