家業の燃料卸問屋を譲渡し彫刻家に転身  薬師寺一彦さん(上)

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 2017年11月、東京・巣鴨の「マスミギャラリー」でちょっと変わった展覧会があった。会場が二つに分けられ、メインのスペースには比較的大きな立体作品が飾られ、隣りのスペースでは小さなブレスレットやペンダントなどのアクセサリーが展示されている。二人の作家による展覧会みたいだが、彫刻家・薬師寺一彦さん(49)一人の個展だ。

 芸術家になる夢が破れて、普通の会社に就職したり実家の商売を継ぐというのはよくあるが、薬師寺さんは真逆のパターン。いったん継いだ家業を捨て、プロの彫刻家になった。

子供の頃から仏師に憧れ

 大阪府堺市出身。子供の頃から「仏師」に憧れ、父親と一緒に有名なお寺に行っても、「山門で仁王さんの絵を描いていた」というから、かなり変わった子供だったようだ。小学生のときに描いた叔父の肖像画をタブレット端末で見せてもらった。しっかりしたタッチで描かれていて、なかなかの腕前。


父との約束果たし会社譲渡

 3人兄弟の長男。高校卒業後、重い糖尿病を患っていた父親を助けるために、家業の燃料卸問屋で働き始めた。燃料のプロパンガスや炭、薪をトラックで運び、小売店に卸す仕事だ。きつい肉体労働だった。「父は生前、俺が死んだ後はお前の好きなことをやってもいいが、生きている間はこの仕事を続けてくれと言っていた」

 その約束通り、同世代の学生が遊んでいるとき、薬師寺さんは泥だらけになって働いてきた。20年前、父親が50代の若さで他界した後は、社長として会社を切り盛りしていたが、やはり夢が忘れられず、東京に住んでいた姉に、「彫刻家になろうと思うんやけど」と相談したところ、「まだ若いからやったらいい」と同意が得られ、独立を決意。1年間の社長業で会社を整理した。(次回は2月6日に掲載)


文:大宮 知信