なぜトヨタは「環境車全方位戦略」から「EV重視」へ転換したか

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トヨタ自動車<7203>が環境車の「全方位戦略」を見直し、電気自動車(EV)シフトに方針転換すると報じられている。ロイター通信によると、トヨタは共通プラットフォーム(車台)「e-TNGA」を利用したEVを2030年までに30車種ほど発売する方針だった。しかし新型EVの投入を待たず、既存EV「bZ4X」の生産に集中して早期にEV生産台数を増やすという。EVシフトに慎重だったトヨタが、なぜ方向転換したのか?

世界の新車販売は10台に1台がEVに

トヨタを突き動かした最も大きな要因は、EV市場の急拡大だ。米環境ニュースサイト「クリーンテクニカ」によると、2022年8月の世界のプラグインハイブリッド車(PHV)を含むEV車両登録台数は、前年同月の1.6倍となる84万7000台となった。ガソリン車やディーゼル車を含む総車両登録台数の15%を占める。EVだけでも11%と1割の壁を超えた。

「まだ1割を超えただけではないか」と甘く見てはいけない。米国の社会学者エベレット・ロジャー氏が提唱したイノベーター理論によると、新商品はイノベーター(新商品にいち早く飛びつく層。全体の2.5%)→アーリーアダプター(これから普及しそうな商品に敏感な層で、インフルエンサーとも。13.5%)→アーリーマジョリティ(すでに話題になっているものを購入する層。34%)→レイトマジョリティ(新商品の購入に消極的で、周囲の半数が購入してから検討する層。34%)→ラガード(最も保守的で、新商品に興味や関心がない層。16%)の順に普及していく。

マーケティングの世界では、新商品のシェアがイノベーターとアーリーアダプターを合わせた16%に達すると、普及率が爆発的に上昇する「クリティカルマスの法則」が知られている。EVもあと5ポイントほどシェアを伸ばせば、一気に普及する可能性が高い。現在のペースでEV販売が成長すれば、遅くとも2023年8月にはその段階に入る。EVの爆発的な普及は待ったなしなのだ。

水素にこだわっていては完全に出遅れる

二酸化炭素(CO₂)を全く排出しないゼロエミッション車(ZEV)規制は、EUや中国に続きバイデン政権下の米国でも厳しくなった。世界4大自動車市場のうち三つの市場がEVシフトへハンドルを切り、残る大市場は日本だけになった。

トヨタの2021年のグローバル販売台数の内訳は国内販売が210万8810台(前年比2.2%減)、海外販売が838万6738台(前年比13.8%増)と、およそ8割が海外だ。日本市場だけで生き延びるのは難しく、海外での販売台数を維持するためにはEVシフトを選択せざるを得ない。

もちろんトヨタが主張していたように、ZEVにはEV以外にも選択肢はある。トヨタが力を入れていたのが水素。水素燃料電池車(FCV)と、水素をガソリン代わりに燃焼させる水素エンジン車だ。トヨタは2014年にFCV「MIRAI」を発売している。だが、水素ステーションの整備は進まず、2021年の世界販売台数も5918台と振るわない。

一方、水素エンジン車は従来のエンジンを改良すれば済むため、車両価格はFCVよりもはるかに安くなるだろうが、水素ステーションが少ない状況ではFCV同様に普及は難しい。しかも、FCV乗用車を量産しているのはトヨタと「NEXO」の韓国・現代自動車ぐらいで、EUや中国、米国の3大市場では決められたルートを周回する商用車を除いてFCVはZEV候補から「脱落」している。

トヨタは昨年12月に発表した「2030年に30車種のEVを展開」では遅すぎると判断したようだ。当面は「bZ4X」の量産に集中し、EVの上位グループに踏み留まりたいと考えている。しかし、2021年のEV(PHV含む)生産でトヨタは世界17位と、現代自動車(10位)や韓国・起亜自動車(11位)の後塵を拝しているのが現状だ。EVシフトでの巻き返しが間に合うのか、注目される。

文:M&A Online編集部

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