アマゾンの「プライム・ビデオ」、MGM映画の買収で何が変わる?

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米アマゾンが映画「007」シリーズなどの制作を手がける米メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を84億5000万ドル(約9200億円)で買収すると発表した。アマゾンはサブスクリプション(定額見放題)サービスの「プライム・ビデオ」を提供しており、そのテコ入れ策という。しかし、同社の本業はネット通販。なぜ「副業」の動画配信のために1兆円近い買収資金を投入するのか?

動画配信を含むサブスク売上高は全体の6.5%

その理由を探るために、この2年間のアマゾンの業績を見てみよう。構成比で最も高いのは主力のネット通販に当たる「仕入商品などによる製品売上」の51.1%で過半数を占める。売上高は1973億4900万ドル(約21兆5296億円)で、前期比39.7%増と高成長を維持している。

アマゾンの世界売上高の推移(20192020年、単位=億ドル)

2位は「店舗貸し」に当たるマーケットプレイスの「第三者販売サービス売上」で、全体の20.8%を占める。同部門の売上高は804億3700万ドル(約8兆7752億円)で、同49.6%増と最も高い成長率となった。3位はクラウドサーバーサービスの「AWS」で、構成比は11.8%。売上高は453億7000万ドル(4兆9496億円)で、同29.5%増だった。

プライム・ビデオを楽しめる「アマゾンプライム」会費など、サブスクリプションサービスの「定期購入売上」は4位。構成比は6.5%と、決して大きくはない。売上高は252億700万ドル(2兆7499億ドル)と同31.2%増だが、「本業」であるネット通販の成長率には及ばない。MGMの買収費用は同部門の年間売上高の約3分の1に当たる。

しかし、プライム・ビデオはドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」やアニメ「鬼滅の刃」といった人気番組の権利を買い取り、配信するサービスが主力だ。なぜ、わざわざコンテンツ力強化のために巨額買収をする必要があるのか?

MGM買収の陰にネットフリックスあり

それは動画コンテンツ配信サービス最大手、米ネットフリックスの存在だ。同社は既存の映画やテレビ番組のネット配信で成長していたが、2013年に「ハウス・オブ・カード 野望の階段」を皮切りに、自主制作コンテンツの配信を開始。日本でもアダルトビデオ監督として一世を風靡(ふうび)した村西とおる氏がモデルの「全裸監督」を制作し、話題になった。

もっともネットフリックスも、好き好んで自主制作に乗り出したわけではない。契約者数が急増したネットフリックスを警戒して、映画会社や番組制作会社がコンテンツ提供の時期を遅らせたり、デジタル配信権料を引き上げたりしたのを受け、生き残りのために踏み切った措置だったのだ。

ネットフリックスの自主制作コンテンツは、ふんだんに予算をつけたこともあってヒット作が続出。既存コンテンツのネット配信に頼る競合サービスとの差別化に成功し、契約者数を増やしている。

日本映像ソフト協会(JVA)によると、アマゾンプライム・ビデオは動画サブスクリプションサービスでは2020年の日本国内シェアが59%とトップ。だが、米調査会社のモフテットネイサンソンによると、本国の米国ではシェア73%のネットフリックスに大差をつけられている。

日本シェアは21.8%とアマゾンに及ばないネットフリックスだが米国では圧倒的に強い(同社ホームページより)

そこで大手映画会社のMGMを買収し、ネットフリックス成長の原動力となったコンテンツ自主制作に力を入れることにしたのだ。

MGMの豊富なコンテンツの独占配信を狙っているとの見方もあるが、制作会社を問わず多様な作品を提供するプラットフォームとなったプライム・ビデオに「コンテンツの囲い込み」をする意味はない。ネットフリックスに対抗するために自主制作機能を強化するのが買収の狙いだろう。

ただ、動画配信専業のネットフリックスと違い、アマゾンにとってのプライム・ビデオは、ネット通販有料会員制度「アマゾンプライム」のおまけのサービスという位置づけ。ネットフリックスを意識しているとしても、そのために大型買収を仕掛けるのは不自然に見える。

動画を経営の柱に育て、ネット通販とシナジーも

アマゾンが自主制作でコンテンツ力を強化したい最大の理由は、動画配信サービスを単なる「おまけ」からネット通販サービスなどと並ぶ基幹事業に育てる狙いがあると考えるのが妥当だ。

米モルガン・スタンレーによると、動画コンテンツの世界市場は推計4000億〜4500億ドル(約44兆〜49兆円)あり、最大手のネットフリックスですら9%程度のシェアしかないという。この市場でアマゾンがシェアを伸ばす余地は十分にある。

加えてアマゾンは動画配信サービスに対応した自社ブランド製品も販売している。スマートディプレイの「echo show」シリーズがそれ。ネット通販の申し込みやさまざまな情報を表示する端末だが、アマゾンが提供する動画や音楽などの受信にも最適化されている。2021年6月には中型の「echo show 8」と小型の「echo show 5」がモデルチェンジする。

6月にモデルチェンジする「echo show 8」(同社ホームページより)

こうしたサービスと自社製品を連携させた顧客囲い込みにおいて、最も強力な「集客ツール」が動画配信サービスなのだ。ネットにアクセスする手段がパソコンからタブレット、スマートフォン、スマートディスプレーなどと多様化する中、集客力を左右するのはこれらの端末ではなくコンテンツだ。

コンテンツを「売る」動画配信サービスで世界のトップシェアを握れば、その競争力は端末にも波及し、端末を経由するネット通販にもシナジー効果が生まれる。アマゾンにとっては1兆円近い巨額買収も「安い買い物」だろう。

文:M&A Online編集部