1日で42億分の1に下落した仮想通貨「TITAN」とは?

alt

米Iron Financeが発行する暗号資産(仮想通貨)の「Iron Titanium(TITAN)」が突如として暴落し、ほぼ無価値となった。2021年6月16日午後2時ごろに最高値の1TITAN=64.19ドル(約7000円)の最高値を記録したが、同7時ごろには33ドル(約3600円)と半額に。これが「恐慌売り」を招き、17日には、0.000000015109ドル(ほぼ0円)と42億分の1に(CoinGeckoのデータによる)。わずか1日で歴史的な暴落を招いたTITANとは、どんな仮想通貨なのか?

本来は決済手段向けの仮想通貨

TITANは「ステーブルコイン」と呼ばれる仮想通貨の一種。ステーブルコインとはドルやユーロのような法定通貨の価値にひもづけられた仮想通貨だ。代表的な仮想通貨である「Bitcoin(ビットコイン)」が法定通貨(リアル通貨)とひもづいていないため、価格変動が激しく投機商品としてはともかく通貨としては使えないとの反省から登場した。

たとえば1ビットコイン=375万円の時に自動車1台を輸出し、その代金をビットコインで決済した後に同100万円に下落すると代金の3分の1以下しか受け取れなくなってしまう。これでは決済手段として電子通貨を利用するのはリスクが高すぎる。

そこでステーブルコインではリアル通貨との交換比率を一定水準に保つことで、通貨としての安定性を担保する。金本位制の下で35ドルで1オンスの金と同価値に定めたのと同じ仕組みだ。ステーブルコインの場合は、金がリアル通貨に置き換わると考えればよい。

「暴落しない」はずの仮想通貨だったが…

そこまで安定性の高い仮想通貨が、なぜリアル通貨が暴落していないにもかかわらず42億分の1という破壊的な大暴落を引き起こしたのか?そこにはTITANのシステム自体に問題があった。ステーブルコインには、次の3種類が存在する。

(1) 法定通貨担保型
(2) 仮想通貨担保型
(3) 無担保型

(1) の法定通貨担保型はリアル通貨とひもづけられており、ステーブルコインの主流だ。

(2) 仮想通貨担保型はイーサリアム(ETH)やベーシック・アテンション・トークン(BAT)、USDコイン(USDC)などの仮想通貨とひもづけられており、安定性は法定通貨担保型に劣る。

(3) の無担保型は「アルゴリズムステーブルコイン」と呼ばれ、リアル通貨や他の仮想通貨とひもづけられていない。その代わりアルゴリズムによって発行量を制御し、暴落を防ぐ仕組みだ。安定性の信頼度は最も低く、3種類のステーブルコインの中では最も人気がない。

TITANは無担保型のアルゴリズムステーブルコインだった。人気のないアルゴリズムステーブルコインは、そもそも価格が高騰すること自体が「想定外」。交換価値をステーブル(安定化)するのが目的の仮想通貨であり、「暴騰しないことで、暴落を防ぐ」仕組みだからだ。言い換えれば「山低ければ谷浅し」である。

「錬金術」と言われたTITAN投資

ところが、そこに暴騰につながる仕組みが組み込まれていた。Iron FinanceはTITANとは別に(2)の仮想通貨担保型ステーブルコイン「IRON」も発行している。このIRONは(1)の法定通貨担保型ステーブルコインのUSDコインとひもづけられている。USDコインは1USDC=1ドルで固定されている。

1IRONを入手するには、0.75USDCと0.25TITANが必要になる。ではTITANはどうやって調達するのか?それには二つの方法がある。一つはTITANを取引所で購入すること。もう一つはIRONとUSDCを預けることで利息(報酬)としてTITANを受け取ることだ。すると、次のサイクルが成り立つ。

(1)「TITANを(取引所で)入手」→「0.75USDC+0.25TITANで1IRONと交換」→「IRONとUSDCを預ける」→(2)「TITANを(利息として)入手」→「0.75USDC+0.25TITANで1IRONと交換」

ここで重要なのはひもづけられている関係上、交換比率は常に1IRON=1USDCであることだ。つまり2回目以降のサイクルでは無償で交付されたTITANを充てることでUSDCを25%引きで購入できることになる。しかも法定通貨担保型ステーブルコインのUSDCはリアル通貨のドルと同価値だ。

IRONと無償のTITANを組み合わせてUSDCを購入し、ドルに換金すれば25%の利益が出る仕組みだ。1IRONの取引価格が1ドルを上回れば仮想通貨市場で売ればよいし、仮に暴落してもUSDCと交換すれば1ドルを入手できる。

これが安全確実な「錬金術」として、TITANの相場を押し上げた。本来1TITANは0.25ドル(約27円)の価値のはずだが、「錬金術」の流布で取引価格が高騰。交換レートの250倍を超える64.19ドルまで跳ね上がったのだ。

「安定性の復讐」で破綻したTITAN

その「錬金術」が破綻した理由は、ステーブルコインならではの「安定性」だった。法定通貨担保型ステーブルコインUSDCの相場をドルとひもづけるためには、USDC運営者が手元にそれなりのドルを保有する必要がある。これがステーブルコインの「安定性」の担保だ。

同様にIRON運営者であるIron Financeも、IRONの相場をUSDCとひもづけるためにUSDCを保有しなくてはならない。もしもIron Financeの手元にあるUSDCが尽きれば、IRONとの交換はできなくなる。IRONの価格が1ドルを上回っていれば問題はない。保有者は1ドルより高値がつく仮想通貨市場で売却するので、Iron Financeの手元にあるUSDCが減ることはないからだ。

しかし、価格が1ドルを下回ると、保有者はIRON運営者に対してUSDCへの償還を求める。するとIron Financeの手元USDCは減少し、それが尽きたところで償還はストップするのだ。その「からくり」を知る投資家であれば、TITANの価格が下降に転じた時点でただちに売り払い、IRONをUSDCと交換するだろう。

事実、IRONはTITANの暴落を受けて、6月17日に最安値の0.65ドルに下落。本来ならば暴落しても「1IRONにつき75セントのUSDCと25セントのTITAN」に償還できるはずだったが、Iron Financeは17日に「TITANの価格が0にまで下落したため、償還は不可能」と告知した。

歴史に残る大暴落を引き起こしたIron Financeだが、ネットで「私たちが経験したことは、プロトコルに起こりうる最悪の事態であり、現代のハイテクな仮想通貨における歴史的な取り付け騒動だ」と他人事のようなコメントを出し、投資家の怒りを買っている。

もっともIron Financeは新興の電子通貨で、事実上無価値となったTITANもピーク時の時価総額は20億ドル(約2200億円)相当と、ビットコインなどのメジャーな電子通貨に比べれば決して大きくない。国内で取り扱っている取引所もないことから、日本への影響は限定的だろう。

TITANの取引は現在も細々と続いている。もしも相場が上向いて本来価値の0.25ドルに戻るようなことがあれば、少額の投資で莫大な利益を得られるからだ。もちろん消滅する可能性も大きく、経営破綻企業の株式や宝くじ感覚で投資する特殊案件である。

文:M&A Online編集部