創業者である故ジャニー喜多川氏の性加害問題を受けて、ジャニーズ事務所が「SMILE-UP.」に社名変更して被害者補償に当たる一方、1カ月以内にエージェント会社を立ち上げると発表した。事実上、同事務所の事業は新会社が承継することになる。このエージェント会社、同事務所をはじめとする芸能事務所と何が違うのか?
「海外では標準だが、日本では珍しい」と、ジャニーズ事務所の東山紀之社長が話したエージェント会社。「新会社は希望するタレント個人やグループが個別に契約するエージェント会社とする。エージェント(代理人)契約をおこない、プロデュース機能や、お互いの知恵を出し合いながら、タレント活動を最大限支援していく」(東山社長)という。
「それって、今のジャニーズ事務所と同じではないの?」との疑問を持つ人も多いだろう。実は芸能人の契約には「マネジメント契約」と「エージェント契約」があり、芸能人との間で前者を結ぶのが芸能事務所、後者を結ぶのがエージェント会社だ。
「マネジメント契約」とは、仕事の受注営業から出演料交渉、契約、マネージャーによるスケジュール管理や身の回りの世話までを一括して企業が代行する形態。いわば芸能人にパッケージで業務支援サービスを提供する仕組みだ。日本の芸能人の大半が、芸能事務所とマネジメント契約を結んでいる。
これに対して「エージェント契約」とは、こうした業務支援サービスを「バラ売り」する形態。極端な例では芸能人が受注営業会社、出演料交渉会社、契約会社、スケジュール管理会社、マネージャー派遣会社の中から、自分に最も有利な条件の企業を選んで個別に契約していく仕組みだ。
日本では2019年に「闇営業問題」を受けて、吉本興業が「エージェント契約」を導入した。ただし、同社では「マネジメント契約」も残しており、大半は同契約だという。東山社長は「エージェント形式じゃなく、新会社に所属することもできる」と話していることから、ジャニーズの新会社も吉本興業同様に、両契約が併存する形態になりそうだ。
一般的な業務で例えてみよう。自動車の開発者が「マネジメント契約」を結ぶ場合、自動車メーカーに入社して自動車の開発に従事する。開発業務は与えられるが、基本的に仕事は選べないし、給与は会社が決める。もちろん勝手に他社の仕事はできない。トヨタ自動車の開発社員が「私はオープンカーが好きなので、マツダ『ロードスター』の開発に参加します」というわけにはいかないのだ。
しかし「エージェント契約」であれば、自分が選んだ受注営業会社が複数の自動車メーカーからスポーツカーの設計業務を取ってきて、報酬交渉会社が開発料について交渉、契約会社を通じて業務契約を結び、スケジュール管理会社が会議や打ち合わせなどの日程を調整、派遣されたマネージャーが出張の手配や連絡、情報共有を支援してくれるといった具合だ。
芸能界では事務所主導で報酬が決まる「マネジメント契約」よりも、芸能人主導で各業務の手数料を支払う形の「エージェント契約」の方が収入水準が高いとされる。加えて、それぞれの業務で最適な人材を選べるため、自分の能力を最大限に引き出せるというメリットも大きい。
サラリーマンに例えれば、「優秀な営業」「最も高い報酬を提示してくれる人事労務」「働きやすさをサポートしてくれる総務」などを自由に選べるということになる。
もっとも、芸能人が「エージェント契約」で依頼する業務のほとんどは受注営業と出演料交渉で、その他については芸能人が自ら処理するか専属スタッフを雇用して対応しているという。
米国ではタレント・エージェント(talent agent)として、主に映画業界で俳優や監督、脚本家、プロデューサー、撮影監督らと代理人契約を結んでいる。
「映画の都」ハリウッドには、ICMパートナーズやクリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)、ウィリアム・モリス・エンデヴァー(WME)、ユナイテッド・タレント・エージェンシー(UTA)の4大エージェンシーが存在する。
こうした巨大エージェンシーは芸能人との「エージェント契約」だけではなく、エンタテインメント業界のM&Aも手がけている。CAAは1989年にソニーの代理人としてコロムビア映画の買収を、1991年には松下電器産業(現パナソニック)によるユニバーサル映画の買収をそれぞれ成功させ、巨額の手数料を得た。WMEは2016年に総合格闘技団体のUFCを40億2500万ドル(約4400億円=当時)で買収した。日本の芸能事務所とは事業のスケールが違う。
韓国では2009年7月に同国の公正取引委員会が「芸能人標準契約書」を発表。専属契約の期間は最長7年とされ、芸能人のプライバシーや人格権を保護するなどの条項も盛り込まれている。
同年に人気アイドルグループの「東方神起」の所属事務所が、彼らの出演料からグループのプロモーション費用を差し引き、さらに残額の60%を事務所に配分する不公平な契約を結んでいたことが明らかになり、世論の激しい批判を受けた。その結果、芸能人に有利な「エージェント契約」を結ぶケースが増えている。
日本でジャニーズの新エージェント会社が立ち上がっても、複数の大手エージェント会社が登場しないと競争にならない。そうなるとエージェントの手数料率が高止まりし、芸能人の最終的な報酬が「マネジメント契約」と変わらないという事態も起こりうる。
さらには人気のない芸能人がプロモーションやマネジメント費用などの経費削減のため、芸能事務所から「エージェント契約」を強いられる懸念もありそうだ。芸能人の権利を保護し、芸能ビジネスの公正・公平化を実現するためには、日本においても公正取引委員会などによる継続的な監視と関連法の整備が待たれる。
文:M&A Online