「日韓経済戦争」で、GSOMIAが韓国の「切り札」となる理由

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2019年8月24日に再延長期限を迎える「ジーソミア(GSOMIA)」。徴用工判決を受けて始まった「日韓経済戦争」最大の山場といわれているGSOMIAだが、韓国は再延長の決定をギリギリまで引き延ばして日本から妥協を引き出そうとしている。同21日に中国・北京郊外で開かれた河野太郎外相と康京和外相による日韓外相会談も平行線のまま終わった。

国内マスメディアでは「GSOMIAが破棄されても日本に実害はない。むしろ困るのは韓国だ」との主張が目立つが、実はそうではない。もしそうなら、日本の方からGSOMIAの再延長を拒否する「外交カード」を切っていたはずだ。一方で日本が再延長に前向きなのは対北朝鮮交渉に当たる米国への「忖度」との見方もあるが、それは韓国も同じこと。なぜ、GSOMIAは韓国の「切り札」になるのだろうか?

日本から持ちかけたGSOMIA

GSOMIAは事実上、韓国徴用工判決の報復となる輸出規制強化が発動するまで、日本ではあまり知られていなかった。GSOMIAは経済とは無関係で、「秘密軍事情報の保護に関する日本国政府と大韓民国政府との間の協定(日韓秘密軍事情報保護協定)」と呼ばれる軍事協定だ。日本と韓国で機密軍事情報を相互提供する際に、第3国への漏洩を防ぐ情報保護について取り決めている。

GSOMIAを持ちかけたのは民主党政権時代の日本。2009年1月に当時の日韓首脳が合意した「日韓新時代共同研究プロジェクト」で提唱され、北朝鮮や海洋進出を進める中国に関する軍事情報の共有を目指した。2012年6月に締結される予定だったが、日本との軍事協定であることから韓国世論の反発が根強かったうえに、日本側が米ニュージャージー州に設置された従軍慰安婦記念碑の撤去に動いたことから締結の1時間前に延期となる。

当初から日韓の歴史問題でケチがついていた協定なのだ。GSOMIAが日本よりも韓国で広く知られているのも、こうした背景がある。それでも日本側は韓国側に根気強く働きかけ、安倍政権下の2016年11月にようやく締結された。

GSOMIAの締結にこぎつけた安倍首相(左)は再延長の合意を目指す(首相官邸ホームページより)

日本が収集できない北朝鮮の情報とは

安倍晋三首相が蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う民主党が提唱し、厳しい姿勢で臨む韓国との協定にもかかわらず、いわば「三顧の礼」で締結に取り組むほどGSOMIAは日本にとって必要だったといえる。事実、韓国政府がGSOMIAの再延長に慎重な姿勢をみせると、日本政府は規制強化に伴う輸出審査を異例のスピードで認可するなど妥協に向けて動き出した。

日本は、なぜGSOMIAを必要としているのか。GSOMIAでやりとりされる内容はそれこそ「機密」だが、日本側は自衛隊のレーダーサイトやイージス艦などが収集した弾道ミサイルの追尾情報を、韓国側は北緯38度線の国境監視や北朝鮮側との接触や脱北者から得られる国内情勢などの情報を提供しているようだ。

日本側からはイージス艦などが収集したレーダー情報が提供される(Photo by *Yaco*)

ところが日本側が提供するレーダー情報は、韓国も同様に収集している。韓国側にとっては「補完情報」にすぎない。イージス艦に至っては海上自衛隊は単独運用しておらず、情報は米海軍と共有している。つまり韓国は、米国から同じ情報を収集することが可能なのだ。

一方、韓国からもたらされる人的ルートによる情報は軍事に留まらず、北朝鮮の政治や治安、経済を含めた幅広い内容が含まれる。こうした人的ルートによる情報は敵国に潜入させた諜報員が収集していると思われがちだが、実はそのほとんどは経済活動やスポーツ、文化などの民間交流で相手国側と接触した「善意の一般人」によってもたらされるもの。

拉致問題や弾道ミサイル発射を受けての厳しい制裁を継続し、民間交流も細りきった日本にとっては、対北朝鮮政策を決定する上で「喉から手が出る」ほど貴重な情報なのだ。行きつ戻りつしつつもドナルド・トランプ米大統領が執念を燃やす朝鮮半島の緊張緩和から、日本は「置いてけぼり」状態になりつつある。GSOMIAが再延長されず北朝鮮の内部事情を探るチャネルを失う状況に陥れば、外交上の大失策となる致命的な判断ミスを招きかねない。

日本にとっては、韓国のGSOMIAの再延長拒否を「勝手にどうぞ」とは言えないわけだ。一方で韓国にとっても日本が熱望するGSOMIAの再延長を拒否すれば、これまで以上の経済報復を招くのは必至だけに簡単に結論は出せない。水面下でぎりぎりのせめぎ合いが続くことになる。

文:M&A online編集部