ファストリーのトラブルで注目される「黒子サービス」CDNとは

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米ファストリー(Fastly)が提供するインターネット配信サービスで、2021年6月8日に世界規模の障害が発生。米国のアマゾンやペイパル、ニューヨーク・タイムズ電子版、日本でもメルカリや楽天市場、TVer、日本経済新聞電子版などがアクセスしにくい状況となった。

目立たないが重要な「黒子」のサービス

同社は知る人ぞ知るインターネットの「黒子」的な存在で、一般の認知度は低い。しかし、一旦トラブルが発生すれば、深刻な影響が発生することが今回の障害で明らかになった。ファストリーはどんなサービスを提供しているのか?

同社が手がけているのは、「コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)」サービス。「コンテンツ配信網」とも呼ばれ、ウェブサイト上の画像や動画、文字などの表示を快適にしている。

ウェブサイトのアクセスが集中すると、コンテンツを保管するサーバーに負荷がかかり、表示の遅延やアクセス障害が発生する。そのためウェブサイトの運営者はコンテンツサーバーを増設して対応するのだが、これにはコストがかかる。

そこでサーバーを増設せずに、ウェブサイトの表示を快適にするのがCDNサービス。その仕組みはこうだ。通常はオリジナルのウェブコンテンツが存在するサーバー(オリジンサーバー)と、利用者のパソコンやスマートフォンなどの端末がインターネット回線で直結される。

CDNはオリジンサーバーと利用者端末の間に、オリジンサーバーからコンテンツのコピーを取得したキャッシュサーバーを噛(か)ませる。利用者がキャッシュサーバーにアクセスすることで、オリジンサーバーへの負荷を軽減し、ウェブサイトの遅延やアクセス障害を回避できる。

キャッシュサーバーの数が多ければ多いほどコンテンツ配信の負荷がより分散されるため、配信速度が向上しウェブサイトを安定的に運用できる。ファストリーは全世界にキャッシュサーバーを展開しており、より安定した運用が可能だという。

CDNの概念図。左から利用者端末、キャッシュサーバー、オリジンサーバー(ファストリーホームページより)

クラウドに必須のサービスだが、リスク管理も重要

インターネットの回線速度は、サーバーの数だけでは決まらない。より近くのサーバーにアクセスする方が、高速化するという。ほぼ高速に近い光や電気による通信の場合、地球上であれば物理的な伝達速度は距離に大きく左右されることはない。

問題となるのは「HOP数」。HOP数とはデータがコンテンツ配信サーバーから利用者の端末へ到達するまでに通過するルーター(中継器)数のこと。インターネットを「データのバケツリレー」と考えれば、リレーするバケツの数が少なければ少ないほど早く運べるという理屈だ。

一般に距離が近ければ近いほど、HOP数は少ない傾向にある。だからファストリーは、世界中にキャッシュサーバーを置いて、ウェブサイトのコンテンツ配信を高速化しているのだ。

ウェブサービスでは、自前でなるべくサーバーを持たないクラウド化が主流になっている。キャッシュサーバーもクラウドが主流になっており、CDNサービスは成長が続く見通しだ。米調査会社リポート・オーシャンによると2020年に134億ドル(1兆4600億円)だったCDNサービス市場が、2027年には365億ドル(約4兆円)に拡大すると予測している。

クラウドだけに、安定運用もCDN事業者に任せるしかない。ファストリーによると、今回のトラブルはソフトウエア内に潜んでいた未発見のバグが原因だったという。だから1時間程度の障害で済んだようだ。

だが、わずか1時間程度の障害でもネット通販などで損害額が1500億円を超えたとの指摘もある。キャッシュサーバーの容量を超える大規模アクセスや、サーバーに対して過剰なアクセスやデータを送付するDDoS攻撃(分散型サービス拒否攻撃)などで障害が長時間に及べば、深刻な問題になるだろう。

楽天市場はファストリーの障害直後に他社のCDNサービスに切り替えて、短時間のうちに復旧した。バックアップとなるCDNサービスを準備しておき、「万一」に備える対応がウェブサイト運営者に求められている。

文:M&A Online編集部