新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として政府が全戸配布する、いわゆる「アベノマスク」の調達で新たに明らかになった受注業者が話題になっている。契約金額4億7000万円のユースビオ(福島市)と、同不明の横井定(名古屋市)の2社だ。
このうち横井定は1950年の創業で「日本マスク」ブランドで国産マスクを製造販売する会社。一方、ユースビオはマスクとは縁がないバイオマス発電用木質ペレットの輸入を手がける。現在、定款に「マスク生産」を追加するため登記簿を変更中という。
受注した他の4社よりも企業規模がはるかに小さく、本社所在地には看板もないとされる。ネット上では「経営実態のないダミー会社ではないか」「安倍政権との癒着があるのでは」と囁かれているが、同社がブローカーであれば不思議はない。
2020年4月28日の衆議院予算員会で加藤勝信厚生労働大臣が「ユースビオはマスクにおける布の調達、あるいは納品時期等の調整。(共同で事業に取り組んでいる)シマトレーディングは生産輸出入の担当をされていた」と答弁していることからも、ユースビオがブローカーであることが分かる。
では、ブローカーとは何なのか?ブローカーは商法で「代理商」と規定される業態。「商人のためにその平常の営業(事業)の部類に属する取引の代理又は媒介をする者で、その商人の使用人でないもの」をいう。早い話が「フリーランスの営業マン」だ。
ブローカーの仕事は商品の買い手を探してきて、売り手の企業に紹介すること。契約によって商品納入や入金の責任を負うケースもあれば、紹介だけのケースもある。商品は売り手と買い手の間でやりとりするため倉庫は不要で、かつては電話とファクスがあれば自宅でもできる商売と言われた。現在なら、ノートパソコンと携帯電話があれば済む。
実際にブローカーは、売り手企業から外務員の肩書を与えられてそこを連絡先とするケースや、本人や知人が経営する別の会社を登記上の住所とするケースも多い。政府調達を請け負う会社としてふさわしいかどうかは別として、ブローカーのオフィスが存在しないことは珍しい話ではないのだ。
ブローカーは卸商や販売代理店と違って特定の企業に依存しない傾向が強く、取引も単発契約が多い。「在庫を圧縮したい商品を1カ月以内に1万個売ってほしい」との依頼を受け、格安で販売契約を取ってくるというのが典型的なブローカーの「売り」の仕事だ。
一方で、買い手から「どうしてもこの商品を仕入れたい」との依頼を受けて調達する「買い」の仕事もある。こうしたケースでは品不足の商品を調達することが多いため、「売り」とは逆に割高の価格で取引されるのが一般的だ。今回のマスク調達は「買い」の仕事である。
国内生産メーカーへの政府発注価格は1枚120〜150円程度とされる。ユースビオは同135円と妥当に見えるが、ベトナムからの輸入品であることを考えれば高めの価格といえる。しかし、ブローカーとしても極端な品不足の商品を調達してくるのだから、割高になるのはやむを得ない。
そもそも買い手がブローカーを頼るのは、価格よりも「早期の商品調達」が狙い。いくら高かろうが、手に入るのならば購入する。そういう「流通ルート」なのだ。厚生労働省も突如として早期の全戸配布が決まり、マスク調達に苦労したのは想像に難くない。
厚労省は「迅速に供給できる能力があるかを重視して検討し、業者を選定した」と、発注の経緯を説明。要は国がユースビオを選んだ理由は「そこにマスクがあったから」の一点に尽きる。
ユースビオも「ベトナム製マスクを福島県や山形県へ売り込んでいたが、全戸配布を受けて国と契約した」としており、両者の説明は一致する。両県への売り込み情報を察知した厚労省が、同社に調達を働きかけたのも無理もない。
そもそもブローカーが取り扱うのは主に中小企業相手の突発的な小口取引で、大企業や自治体、ましてや政府が顧客になるのは異例中の異例。政府が取引を極力隠そうとしていたのも、ブローカーからの調達という「非正規ルート」に頼らざるを得ない苦境を明らかにしたくなかったからだろう。
さらにはユースビオの経営者が2018年に脱税容疑で有罪判決を受けていたという「過去」もあった。つまり政府は「マズいから隠した」のではなく、安倍首相が目玉と位置づける施策のドタバタが「みっともないから隠した」可能性が高そうだ。
政治家も官僚も、ブローカーのような個人事業主と「癒着」するメリットはない。政府としては「何が何でもマスクを確保したかった」のだ。厚労省によると、ユースビオが調達したマスクに不良品はなかったという。マスク価格も現状では法外なほど高いわけではない。
今回のマスク調達の最大の問題は、安倍首相がコロナ対策の決め手とするマスクの全戸配布が、メーカーや商社などの「正規ルート」だけでは実現不能なほど、無謀で無計画だったということに尽きよう。ある意味「癒着」よりも怖い事実ではある。
文:M&A Online編集部