「私的整理」に追い込まれた曙ブレーキ工業って、どんな会社?

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事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)による私的整理を決めた曙ブレーキ工業<7238>。自動車部品大手で、大型M&Aによる事業拡大でも知られる。同社の設立は1929年1月、日本でようやく自動車が走り始めた時代だ。創業者の納三治(おさめ・さんじ)氏が個人営業の「曙石綿工業所」を立ち上げ、耐熱繊維などを多重織りしたブレーキ摩擦材の生産を始めた。

国策でブレーキ大手となった曙ブレーキ工業

納氏が郷里である岡山県裳掛村の港から対岸の小豆島を望む夜明けの美しさから、社名に「曙」を採用したという。1957年4月に従来の摩擦材に金属部品を組み合わせたブレーキシューアッセンブリーの生産を始め、素材メーカーからブレーキ機構そのものを扱う総合ブレーキメーカーへ転換した。

1958年11月には高い品質要求で知られる日本国有鉄道(現・JR各社)から特急列車「こだま」(新幹線ではなく、在来線の旧こだま)や「あさかぜ」向けのブレーキ部品の受注に成功し、一躍ブレーキ部品業界の寵児になる。

1960年3月、通商産業省(現・経済産業省)の主導により、自動車メーカー9社と部品メーカー7社から出資を受けた同社が、米ブレーキ大手のベンディックスから1社単独で特許を受ける方針が決まった。同5月には社名を現在の「曙ブレーキ工業」に変更。1961年4月にベンディックスとの技術提携が正式に決まり、国産車向けブレーキ生産の拠点となる。いわば「国策」で、成長のチャンスをつかんだ。

1985年8月に、当時世界最大の自動車メーカーだった米ゼネラル・モーターズ(GM)との折半出資の合弁ブレーキメーカーAmbrake社を米ケンタッキー州エリザベスタウンに設立。初の海外進出を果たす。日本車メーカーの米国市場依存が強まるのと併せて、曙ブレーキ工業も対米投資に力を入れた。

2008年から2012年まで日本自動車部品工業会会長を務めた同社の信元久隆(のぶもと・ひさたか)会長兼社長は、実父で先代社長の掲げた「総合ブレーキメーカー」の看板を下ろし、ブレーキ用摩擦材に経営資源を集中して品質の高さを追及する「ブレーキ専業メーカー」へ転進。「世界シェア30%」を目標に摩擦材事業を強化した。

信元会長兼社長はリーマン・ショック直後の2009年9月に、独ブレーキ大手のボッシュから北米ブレーキ事業の譲渡を受ける。ボッシュの顧客であるフォード・モーターを取り込むことでシェア拡大を狙ったのだ。

曙ブレーキ工業の業績

(単位百万円)

2015年3月期 2016年3月期 2017年3月期 2018年3月期
売上高 254,157 281,341 266,099 264,921
営業利益 4,004 -3,761 4,223 8,143
経常利益 2,833 -6,815 761 5,796
特別利益 277 5,042 2,285 212
特別損失 3,726 13,722 466 1,765
当期純利益 -6,095 -19,462 354 782
有利子負債残高 108,162 119,755 118,053 109,721
営業利益率(%) 1.6 -1.3 1.6 3.1
経常利益率(%) 1.1 -2.4 0.3 2.2
売上原価率(%) 90.4 94.1 90.0 88.8
売上高販売管理費率(%) 8.0 7.2 8.4 8.1
売上高総人件費率(%) 2.9 2.7 2.8 2.9
ROE(%) -11.39 -49.78 1.44 2.98
ROA(%) -2.87 -9.05 0.17 0.39

ボッシュからの事業買収でつまずく

この買収が裏目に出た。ボッシュから譲り受けたブレーキ事業の採算性は低く、北米に大きく依存する曙ブレーキ工業の足を引っ張った。さらにリーマン・ショックの影響で米国の自動車生産が低迷。あわてて生産能力を縮小するも、皮肉なことに米国の自動車販売が景気回復を受けて急増し、ブレーキ生産が間に合わない状況に。

度重なる残業や休日出勤による人件費増や、納期遅れ回避のための航空輸送による輸送費高騰などで生産コストは上昇。繁忙にもかかわらず、利益が出ないという異常事態に陥った。

過剰な増産により品質も劣化し、2015年6月にはGMに納入したブレーキ製品で不具合があったと発表。GMが約1万5000台のリコール(回収・無償修理)を届け出た。こうした生産の混乱が、連結売上高の28%を占めるGMからの失注を招き、1000億円を超える有利子負債返済のめどがつかなくなった。

曙ブレーキ工業の主要販売先と売上比率(同社ホームページより)

帝国データバンクによると、曙ブレーキ工業の取引先は一次下請が282社、二次下請が2500社で合計2782社にのぼる。非正規社員を除く従業員数だけでも取引先の16万5119人が影響を受ける可能性があるという。

主力製品のブレーキパッドは、世界シェア約21%、国内シェア約46%と存在感が大きく、GMのほかトヨタ自動車<7203>や日産自動車<7201>ほか多数の自動車メーカーと取引がある。

そのため私的整理とはいえ、2017年6月に民事再生法の適用を申請したエアバック大手のタカタ同様、買収または経営支援を受けて事業継続する可能性が高い。

タカタは中国・寧波均勝電子の子会社で自動車用安全部品を手がける米キー・セイフティー・システムズ(現・ジョイソン・セイフティ・システムズ)に買収された。曙ブレーキ工業も中国をはじめとする外国資本に買収されるのか、それとも国内自動車メーカーの経営支援によって日系自動車部品メーカーとして生き残るのだろうか。少なくとも現時点で、曙ブレーキ工業支援に手を挙げている国内企業はいない。

曙ブレーキ工業の沿革

出 来 事
1929 曙石綿工業所を創業、ウーブンブレーキライニング、クラッチフェーシングの製造開始
1936 曙石綿工業(株)に改組
1939 羽生製造所建設、稼働開始
1940 羽生製造所完成
1946 曙産業(株)に改称
1952 鉄道車両用耐摩レジンの生産開始
1957 株式公開、東京証券業協会の店頭売買承認銘柄となる
1958 国鉄新特急「こだま」にレジン制輪子、ディスクブレーキライニングが採用
1960 曙ブレーキ工業(株)に改称
  米国ベンディックス社とブレーキに関する技術援助契約を締結
1961 米国ベンディックス社とブレーキライニングに関する技術援助契約を締結
  東京証券取引所市場第二部に上場
1962 岩槻製造所(現・曙ブレーキ岩槻製造)建設、稼働開始 
1965 晝田工業(株)、三菱重工業(株)と共同出資で山陽ブレーキ工業(株)を設立(現・曙ブレーキ山陽製造)
1967 岩槻市元荒川沿いにテストコースが完成
1968 トヨタ自動車工業(株)、アイシン精機(株)、豊田鉄工(株)と共同出資で豊生ブレーキ工業(株)を設立
1969 米国ベンディックス社とアンチスキッド装置に関する契約を締結
1971 福島製造所(現・曙ブレーキ福島製造)建設、稼働開始 
  本社社屋竣工(東京都中央区日本橋)
1973 山陽ハイドリック工業(現・曙ブレーキ山陽製造)を設立 
1974 (株)日本制動安全研究所(現・曙ブレーキ中央技術研究所)を設立 
1976 三春製造所建設、稼働開始
1979 岩槻製造所、AD型ディスクブレーキの量産を開始
1980 米現地法人 Akebono America, Inc. を設立
1981 曙エンジニアリング(株)を設立
1982 AD型ディスクブレーキ「昭和56年度日本機械学会賞」受賞
1983 東京証券取引所市場第一部に上場
1984 (株)日本制動安全研究所を(株)曙ブレーキ中央技術研究所に改称
  英国オートモティブ・プロダクツ社へ技術供与
  フランス事務所 Akebono Europe Bureau Liaison(現・Akebono Europe S.A.S.) を設立 
1985 フランス現地法人 Akebono Europe S.A.R.L. (現・Akebono Europe S.A.S.)を設立
1986 曙ブレーキいわき製造(株)を設立、テストコースおよび工場造成工事に着工
  米国GM社との合弁会社 Ambrake Corporation(現・Akebono Brake, Elizabethtown Plant)を設立 
1987 日本独自の技術によるABS(アンチロックブレーキシステム)がメーカーに初採用
  フランスValeo社と摩擦材の技術援助契約を締結
  西ドイツ(当時)ボッシュ社とのABSに関する技術援助契約を締結
1988 Ambrake Corporation稼動開始
  テストコース「曙ブレーキ・プルービング・グラウンド」(現・Ai-Ring)完成(福島県いわき市)
1989 米国開発拠点 Akebono Brake Systems Engineering Center, Inc. を設立
1992 曙ブレーキ山形製造(株)を設立
1994 米国現地法人 Amak Brake L.L.C. を設立(現・Akebono Brake, Glasgow Plant)
  米国現地法人 Akebono Corporation(統括持株会社)を設立
1995 フランス研究開発拠点CREAを設立
1996 インドネシア PT. Tri Dharma Wisesa(現・PT. Akebono Brake Astra Indonesia)に資本参加 
  館林製造所建設、稼働開始
1997 自動車用ディスクブレーキにおいて全社でISO9001認証取得
1998 フランス生産拠点 Akebono Arras S.A. (現・Akebono Europe S.A.S.)を設立 
  米国内統括会社 Akebono Corporation North America(現・Akebono Brake Corporation)を設立 
  米国B.E.I. テクノロジーズ社と自動車用水晶式角速度センサーの独占販売契約締結
  フランス自動車部品工業会加盟
1999 三春製造所が ISO14001(環境管理システム)シリーズ認証をグループで初めて取得
  「曙の理念」を制定
  「akebono21世紀宣言」を制定
  本社開発棟「Akebono Creative Square(ACS)」竣工(埼玉県羽生市)
2000 アケボノテック(現・Ai-Ring)を設立
  (株)ネオストリートを設立
  ドイツ事務所を設立(現・Akebono Europe GmbH)
2001 福島製造所を分社化し、曙ブレーキ福島製造(株)を設立
  三春製造所を分社化し、曙ブレーキ三春製造(株)を設立
  米現地法人 Amtec Brake L.L.C を設立
  (株)曙マネジメントサービスを設立
  本社新社屋「Akebono Crystal Wing(ACW)」竣工(埼玉県羽生市)
2002 岩槻製造所を分社化し、曙ブレーキ岩槻製造(株)を設立
  研修センターとして「CATIセンター」オープン(埼玉県春日部市)
2003 シンガポール法人 Akebono Corporation Asiaを設立
  あけぼの123(株)を設立
2004 ドイツ現地法人 Akebono Europe GmbH を設立
  あけぼの123(株)が埼玉県の製造業として初めて特例子会社認定取得
  ブレーキ博物館「Ai-Museum」完成(埼玉県羽生市)
  中国現地法人 広州曙光制動器有限公司、曙光制動器(蘇州)有限公司を設立
2005 羽生製造所を分社化し、曙ブレーキ羽生製造(株)を設立
  (株)APSを設立
  山陽ブレーキ工業(株)と山陽ハイドリック工業(株)を統合し、曙ブレーキ山陽製造(株)を設立
  Ambrake Corporation(現・Akebono Brake, Elizabethtown Plant)を100%子会社化 
2006 英国現地法人 Akebono Advanced Engineering (UK) Ltd. を設立
  インドネシア現地法人 PT. Tri Dharma Wisesaの株式を追加取得し子会社化(現・PT. Akebono Brake Astra Indonesia)
  タイ現地法人 Akebono Brake (Thailand) Co., Ltd. を設立
2007 ベルギー現地法人 Akebono Brake Europe N.V. を設立
  F1に新規参戦、「ボーダフォン マクラーレン メルセデス」チームのオフィシャルサプライヤーになる
  曙ブレーキ産機鉄道部品販売(株)を設立
2008 中部オフィス「Akebono Central Pier(ACP)」竣工(愛知県豊田市)
  館林鋳造所稼働開始
  本店新社屋「Global Head Office」竣工(東京都中央区日本橋)
2009 Robert Bosch GmbHと北米ブレーキ事業に関する譲渡契約を締結
  Robert Bosch GmbHの北米ブレーキ事業を正式譲渡
2010 PT. Tri Dharma WisesaをPT. Akebono Brake Astra Indonesiaに改称
2011 AD型ディスクブレーキが「重要科学技術史資料登録台帳(未来技術遺産)」に登録
  ベトナム現地法人 Akebono Brake Astra Vietnam Co., Ltd. を設立
2012 Akebono Corporation(North America)をAkebono Brake Corporationに改称
  メキシコ現地法人 Akebono Brake Mexico S.A. de C.V. を設立
  テストコース「曙ブレーキ・プルービング・グラウンド」を「Ai-Ring」に改称(福島県いわき市)
  グローバル研修センター「Ai-Village」竣工(埼玉県羽生市)
2013 フランス現地法人 Akebono Engineering Center, Europe S.A.S. を設立
2014 マクラーレン メルセデスとの技術的パートナーシップ契約を強化
  (株)曙アドバンスドエンジニアリングを設立
  スロバキア現地法人 Akebono Brake Slovakia s.r.o. を設立
  曙ブレーキ山陽製造株式会社を100%子会社化
  タイに(株)真岡製作所との合弁会社 A&M Casting (Thailand) Co., Ltd.を設立
  シンガポール事務所を開設
2016 「市販ロードカー用高性能自動車ブレーキの開発と量産化」において「日本機械学会賞(技術)」を受賞
2017 欧州事業における連結子会社の再編(フランス・ドイツ・スロバキアの現地法人3社を本社が統括)
2018 (株)アケボノキッズケアを設立し、あけぼの保育園(Ai-Kids)を開園(埼玉県羽生市)

文:M&A Online編集部