2024年6月、米ブランド保有会社のオーセンティック・ブランズ・グループLLC(ABG)は、米ヘインズブランズから「チャンピオン」ブランドを12億ドル(約1920億円)で買収する契約を結んだ。
同社が取得したブランドはプロサッカー選手のデビッド・ベッカムやプロボクサーのモハメド・アリ、俳優のマリリン・モンローといった個人ブランドを含めて77件もある。ABGのブランドM&A戦略は?
ABGが買収した「チャンピオン」は、1919年にサイモン・フェインブルーム兄弟によって「Champion Athleticwear」としてニューヨーク州ロチェスターで設立されたスポーツ衣料品メーカーだった。
当初はセーターを販売していたが、1924年にミシガン大学が同社製のスウェットシャツを採用したのがきっかけとなり、スポーツウェアブランドとして全米で知られることになる。
1989年、「チャンピオン」はサラ・リー・コーポレーションに買収された。2006年にサラ・リーは自社の米国・アジアのアパレルブランド事業を分離して、ヘインズブランズとして上場させた。以来「チャンピオン」ブランドはヘインズブランズ傘下で、Tシャツや下着の「ヘインズ」に次ぐ主要ブランドとなっている。
では、なぜヘインズブランズは有力ブランドの「チャンピオン」をABGに売却したのか。そこにABGのM&A戦略がある。
実はヘインズブランズの業績は低迷しており、2023年12月期の純損益は3912万ドル(約62億5000万円)の赤字だった。2024年3月時点で同社の長期債務は32億3700万ドル(約5170億円)に上っている。
中でも「チャンピオン」の不振は深刻で、2023年10~12月期(第4四半期)のグローバル売上高は前年同期比23%減、直近の2024年1~3月期(第1四半期)は同26%減と落ち込みが止まらない。ABGは業績不振のヘインズブランズから「お荷物」の「チャンピオン」を買収したわけだ。
だから世界的なスポーツ衣料ブランドにもかかわらず、12億ドルというリーズナブルな価格で買収できたのである。
こうした「安値買い」はABGの得意技と言える。2019年には同年に倒産した米高級百貨店チェーンの「バーニーズ ニューヨーク」を2億6400万ドル(約422億円)で買収。このようにABGは経営破綻した名門ブランドを次々と傘下に入れ、仏LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)と並ぶブランド保有会社となっている。
ただ、ABGは事業再生型M&Aが主力であり、LVMHが米ティファニーが約162億ドル(約2兆5875億円)を買収するなど超一流ブランドを高額で取得しているのとは対象的だ。ニデックの永守重信会長兼CEOの「安く買って、大きく育てる」手法に近い。
とはいえ、ABGも高額M&Aに手を出すこともある。2021年に独アディダスからシューズなどスポーツ用品の「リーボック」を25億ドル(約3990億円)で買収した。ABGとしては過去最大のM&Aだ。
しかし、アディダスは2006年にリーボックを38億ドル(約6068億円)で買収しており、ABGが割安な価格で取得したことに変わりはない。
他社と提携して買収しているのもABGの特徴だ。ショッピングモールやアウトレットモールなどの不動産投資信託を手がける米サイモン・プロパティ・グループとのアライアンスによるM&Aがそれ。
1818年創業で世界最古の紳士服店と言われる米ブルックス・ブラザーズは、コロナ禍に伴う販売不振で2020年に倒産。ABGはサイモン・プロパティとの合弁会社であるスパークグループを介して、ブルックス・ブラザーズを3億2500万ドル(約519億円)で買収している。
2019年に倒産した「フォーエバー21」を、2020年にサイモン、米ブルックフィールド・プロパティーズとの3社によるコンソーシアムが総額8100万ドル(約129億円)で買収。ABGは知的財産(IP)と事業の37.5%を取得した。サイモンは同じく37.5%、ブルックフィールドは25%を取得している。
2009年に倒産したカジュアル・アウトドア衣料の「エディ・バウアー」も、2021年にプライベートエクイティー(PE)ファンドの米ゴールデンゲートキャピタルから、スパークと共同で買収した。金額は非公開だが、ABGがブランドのIPを、スパークがブランド事業を、それぞれ承継したという。
強味であるIPは自社で、店舗戦略はサイモンでと役割分担することにより、効果的な事業再生を実現して買収後の業績不振リスクを減らしているわけだ。
ABGの売上高は2014年に1億ドル(約160億円)を超えたが、M&Aで成長を続け、2020年には約5倍の4億9000万ドル(約780億円)に達したという。世界的ブランド「チャンピオン」の再建が起動に乗れば、さらなる成長が期待できそうだ。
文:糸永正行編集委員
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