「ワタミ」の株価が決算発表後の急落から、じわじわと回復している件

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ワタミ<7522>株の値動きに翻弄されている個人投資家が、数多くいるようです。それもそのはず。2018年3月期第3四半期の決算は経常利益が前年同期比3.5倍の10.2億円に急拡大したものの、株価は発表前の1509円から翌日の1241円まで急落。「ぎゃあああ」「下げる意味が分からない」といった嘆きから、「中長期ホルダーだから、短期の下げは気にしない」などという涙ぐましい強がりまで、様々なコメントが掲示板やSNSを中心に飛び交いました。その後、さすがに売られすぎが意識されたのか、4月9日の時点で株価は1459円まで回復しています。2015年に介護事業をSOMPOホールディングスに売却し、飲食事業に注力するワタミ。「和民」業態を「ミライザカ」、「鳥メロ」といった人気業態に転換する同社に、投資家の期待が集中。PER(株価収益率)は569倍にまで膨らんでいます。この展開はしばらく続きそうですね、という話です。

この記事では以下の情報が得られます。

①ワタミの強み

②ミライザカ、鳥メロ業態が成功した理由

③居酒屋業界の潮流

ミライザカ公式ホームページ
ミライザカ公式ホームページ


2016年市場投入の「ミライザカ」「鳥メロ」の店舗数はすでに180超え

ワタミの業績が好調です。半ばブラック企業の烙印を押されて散々な目に遭っていたころから振り返ると、こんな感じです。

売上高 純利益(△は赤字)
2014年3月期 1631億5500万円 △49億1200万円
2015年3月期 1553億1000万円 △128億5700万円
2016年3月期 1282億4600万円 78億1000万円
2017年3月期 1003億1200万円 △18億3300万円
2018年3月期(予想) 960億円 1億円

2016年3月期に過去最高益を出していますが、これは介護事業をSOMPOホールディングスに売却したため。2016年3月期も経常利益ベースでは11億3200万円の連続赤字です。株式の売却益151億2600万円が赤字補填しました。

ようやくの黒転! 勢いに乗った2018年3月期の業績発表に投資家が熱い視線を送っています。

直近の第3四半期決算はどうでしょうか。こんな感じでした。

売上高 純利益
第3四半期 730億3100万円 3億1700万円

いい感じです。売上高の進捗率は76%、利益はすでに予想を3倍以上も上回っています。ところが、です。株価は1509円から1241円へと、18%も下落してしまうのです。業績好調にも関わらず、通期業績予想の修正をしなかったことが背景にありそうですね。すなわち、投資家が過度に期待していることの裏返しです。

確かに、「ブラック企業問題」に揺れる前のワタミは、売上高・利益ともに非常に優れたものでした。2010年3月期の売上高は1154億2000万円、純利益は32億5700万円です。株価は1600円前後で推移していました。

「もう一度、見たいんだ。あのころの夢を」

というわけでしょう。介護事業をかなぐり捨て、本業にいそしむワタミに期待する気持ちもわかります。本気を出したワタミが2016年に市場投入した「ミライザカ」「鳥メロ」が、ヒットを飛ばしたからです。

鳥メロ公式ホームページ
鳥メロ公式ホームページ


「和民」業態からの、転換前と後とで1店舗あたりの売上高を比べると、こんな感じです。

【ミライザカ】 136%

【鳥メロ】 136%

「やべぇ、いける」。業態開発担当者は、そう思ったに違いありません。

ワタミは、ブランドが傷ついた「和民」「坐・和民」を、上2つの業態に猛烈な勢いで転換しました。復活の狼煙を上げた瞬間でした。2017年の業態転換するスピードは恐ろしいものがあります。

ワタミ2018年3月期中間決算説明会
ワタミ2018年3月期中間決算説明会

1年でおよそ100店舗が転換。市場投入からわずか1年半で、「ミライザカ」「鳥メロ」ブランドのお店は180を超えています。このスピード感に投資家がロマンを抱いたようです。エー・ピーカンパニーや鳥貴族が苦戦を強いられる中、既存店の売上高が100%を継続的に超えているので当然といえば当然ですね。

ワタミ2018年3月期中間決算発表会資料
ワタミ2018年3月期中間決算発表会資料


だからこそ、第3四半期の好業績で「業績修正入らねぇのかよ!」と怒りの投げ売りが起こったのでしょう。しかしながら、そこを「絶好の拾い場」とせっせと買い集める人もいて、株価は1400円台まで上昇しました。好調間違いなしの通期決算に向けて、じわじわと回復しています。またも、この銘柄に期待する投資家が集まっているわけです。

尖った業態開発が下手なワタミがとった巧みなマーケティング戦略

「ミライザカ」と「鳥メロ」がなぜ当たったのか。理由は2つあると考えられます。

①業態を流行りの専門店に寄せすぎなかったこと

②Webを活用した巧みなマーケティング戦略

①を深く理解するためには、居酒屋業界の潮流とワタミの強みを知る必要があります。まずはそこから。

ワタミのベースとなる渡美商事は、もともと総合居酒屋「つぼ八」のフランチャイズ加盟店でした。1984年設立です。当時はバブル全盛期。ナウいヤングにバカうけのお店こそ、総合居酒屋だったのです。

和民コースメニュー
和民コースメニュー


会社員の憩いの場だった「赤ちょうちん」を、もっとカジュアルに敷居を下げ、様々なメニューを取りそろえたお店が総合居酒屋でした。広々とした空間、洋食から和食までの幅広いメニュー、数十種類が飲み放題の手軽な価格。「つぼ八」「白木屋」「天狗」などが、若者が集まる街「新宿」や「渋谷」に次々とオープンしました。この後、ベンチャー・リンクのようなフランチャイズ拡大支援企業が登場し、居酒屋業態は隆盛を極めるわけです。

さて、ワタミです。和民の1号店は1993年、つぼ八からの業態転換が始まりでした。そこから快進撃が始まります。ワタミと他のチェーン系居酒屋の一番の違いは何か。フランチャイズか直営か、です。飲食店を全国展開しようとすると、まず思いつくのがフランチャイズ。加盟店を募って上前を撥ねる方が手っ取り早いからです。しかしながら、代表の渡邉美樹氏は直営にこだわりました。目の届く社員が運営することで、サービスと料理の質を落ちないようにしたのです。

この経営姿勢に感化された大卒者が多く集まり、経営体制が強化。業界の覇者となるわけです。バブルが弾けて就職氷河期に入り、希望する職種に入り込めなかった学生の受け皿になったという側面もあります。

磯丸水産
磯丸水産


居酒屋業界は2000年に入ってから大きく変わりました。総合居酒屋が廃れたのです。その代わりに専門店が多くなりました。

2005年東京初出店「鳥貴族」→焼き鳥

2007年オープン「塚田農場」→地鶏

2009年オープン「磯丸水産」→海鮮浜焼き

などなど。背景には、情報が溢れるようになり、どれも同じに見える総合居酒屋の集客フックがなくなったと考えられます。

このころ、ワタミも「カーラ・ジェンテ」というイタリア料理に特化した業態を開発しましたが、早々に退店しました。ワタミは尖った業態の開発ができない、あるいは上手くない企業です。現在、GOHANというイタリアン業態を再度展開していますが、公式ページを見るとわかる通り、メニューや店舗の見せ方は明らかに「総合居酒屋」。この領域から抜け出すことができません。逆を言えば、ワタミの強みは居心地の良い空間の提供と、絶対に外さない料理のおいしさ。すなわち、安定感です。

「ミライザカ」と「鳥メロ」は、この時代背景と同社の爪が、上手くかみ合って誕生した業態でした。

ミライザカ「グローブ揚げ」
ミライザカ「グローブ揚げ」


ミライザカ」も「鳥メロ」も、鶏料理がウリのお店です。ところが、専門店ではありません。コースメニューを見ると、どちらも「チーズタッカルビコース」と銘打ったものがあります。鶏料理以外にも、多種多様な料理を出しているのです。専門店にはせず、”鶏にこだわる総合居酒屋”としました。

ターゲット層の間口は広げたまま、キラーコンテンツとなる料理を置いたのです。その戦略が奏功しました。Instagramを見ると、学生から会社員、男性、女性など様々な人がミライザカの名物料理「グローブ揚げ」をアップしています。SNSを通して伝播し、また新しい集客に繋がるという好循環が生まれています。

ワタミは今回、ブランディングから、SNSなどを活用するなど新たなマーケティング手法を取り入れました。それが当たった第2の理由です。巧みなマーケティング戦略。

特にミライザカにおいては、ブランドづくりが秀逸です。総合居酒屋を「NEO 総合酒場」とし、レトロモダンな雰囲気を醸成。ホームページを見ると、赤羽あたりの”飲み屋感”と、得意とする”総合居酒屋感”を見事にマッチングさせています。メニューは写真を用いず、イラスト一色。どれも同じに見えがちなメニューを、イラストでひとひねりしました。

更に、居酒屋初のアンバサダー企画を立ち上げています。ミライザカのファンをSNSで募り、公式アンバサダーに認定。試食会のイベントを開催してSNSに写真の投稿を促し、拡散を狙っています。すでに2度目のイベントを開催しているようです。いち早くオウンドメディアを立ち上げ、集客をグルメ媒体に頼らず、自ら情報を発信する体制も整えました。新規顧客を取るだけではなく、ファンを作る姿勢が見て取れます。

麦とホップ@ビールを飲む理由