ワタミ渡邉会長の長男がCFO就任、事業承継への布石か

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ワタミ・本社

事業承継を着々と進める渡邉美樹会長

ワタミ<7522>渡邉美樹会長の長男将也氏が4月1日に取締役CFOに就任しました。ワタミの取締役は監査役を除き3名しかおらず、CEO渡邉会長、COO清水社長、CFO将也氏のトップスリー体制が確立されました。将也氏はワタミの筆頭株主で渡邉会長の資産管理会社であるアレーテー(横浜市)の代表も務めています。

ワタミはアルバイトから出世した現場たたき上げの清水邦晃氏のもとで、業績回復を果たしました。清水社長は一定の成果を出したものの、渡邉美樹氏が2019年10月に代表へと復帰。渡邉会長は将也氏を翌年の1月に執行役員に引き上げ、6月には将也氏を取締役に就任させています。清水体制を支えCFOに近いとされていた北海道銀行出身でワタミの経営企画本部長を務めた小田剛志氏は、役員から外れました。

渡邉会長は33歳と成熟してきた長男将也氏のトップ就任をバックアップし、院政体制へと駒を進めているように見えます。

ワタミ「役員人事のお知らせ」より
ワタミ「役員人事のお知らせ」より

資産管理会社の出資比率が高まるワタミ

長男の将也氏は1987年生まれ。サントリースピリッツ(港区)やビームサントリー(シカゴ)で修業を積んでいます。サントリー酒類は10%超の株式を保有するワタミの主要株主。また、サントリーにとってワタミは大口顧客の一つでもあります。将也氏は早くからコネクションづくりに力を注いでおり、後継者の一人と目されていました。

2019年に代表の座へと返り咲いた渡邉美樹氏は、就任3か月後に長男を執行役員海外事業本部長へと昇格させました。その半年後に取締役に就任、更にCFOへと、父親が実権を握ってからスピード出世を果たしています。

将也氏は渡邉会長の資産管理会社アレーテーの代表を務めていますが、アレーテーは3月22日にワタミの第三者割当増資を引き受け、10億円を出資。保有比率を26.47%から28.28%まで引き上げて支配力を強めました。将也氏の存在感が際立っているのです。

なぜ、今ワタミは親族経営色を濃くしているのでしょうか。そこには、清水社長の脱和民路線とそれに反発する創業者側の対立構造が浮かび上がります。


ブラック企業の汚名を払拭 脱ワタミへと転換した清水体制

ワタミは2012年第1回ブラック企業大賞市民賞を受賞し、ブラック企業の代名詞となってしまいました。居酒屋和民は2014年に既存店の売上高が90%を下回るなど、客離れが鮮明になります。2014年3月期に49億円の純損失を計上しました。その翌年には損失額が128億5,700万円まで膨らんでいます。

2015年にアルバイト出身の清水邦晃常務が代表取締役社長に昇格。組織再編を推し進めることになります。手始めに着手したのが、稼ぎ頭だった介護事業の整理です。その年の12月に損保ジャパンへ約200億円で売却しました。

売却で得た資金をもとに翌年の5月から「和民」「坐・和民」「わたみん家」を、「ミライザカ」「三代目鳥メロ」へと変更する転換施策をスタートさせています。ブランドが毀損した和民を、別店舗に作り替えてイメージを一新する狙いでした。この施策が奏功します。

転換した店舗の売上は120%を上回り、ワタミの業績が回復したのです。不採算店の退店や、店舗を一時閉店する業態転換を進めたため、全体の売上は伸びにくい状態になりましたが、利益が出る体質へと生まれ変わりました。

2017年3月末時点で和民・わたみん家の店舗数は合計241。2019年3月末で和民は88、わたみん家ブランドは消滅しています。

■ワタミの業績推移(単位:百万円)

2016年3月 2017年3月 2018年3月 2019年3月 2020年3月
売上高
128,246
100,312
96,458
94,701
90,928
増減率
-
78.2%
96.2%
98.2%
96.0%
経常利益
▲1,132
717
1,636
1,229
349
増減率
-
-
228.2%
75.1%
28.4%

ワタミ有価証券報告書 より筆者作成

和民色が消えて業績は回復しましたが、2019年10月に渡邉美樹氏が復帰すると再び和民ブランド路線が強まります。「焼肉の和民」の誕生です。

上村牧場ではなく焼肉の和民で出店攻勢をかける(画像は2021年3月期中間決算説明会資料より)
上村牧場ではなく焼肉の和民で出店攻勢をかける(画像は2021年3月期中間決算説明会資料より)

渡邉会長は自分の分身ともいえる和民ブランドが途絶えることを良しとしないようです。

■国内外食事業 展開拠点数情報(2021年2月)

和民* ミライザカ 鳥メロ GOHAN 炭旬 TGI Friday's その他新業態** 合計
当月出店数 0 0 0 0 0 0 7 7
新規出店累計数 0 0 2 0 2 1 84 89
当月転換数 0 2 1 0 0 0 0 3
転換店累計数 0 5 2 0 0 0 20 27
当月撤退数 2 20 5 0 2 0 1 30
撤退累計数 17 81 30 6 6 2 12 154
店舗数(2月時点) 7 117 122 0 35 14 131 426

*「坐・和民」を含む。  **「から揚げの天才」など

ワタミIR資料 展開拠点数情報(2021年2月)より作成

再び和民色が強まる

ワタミは2020年に畜産業のカミチクホールディングス(鹿児島市)と提携。合弁会社ワタミカミチク(大田区)を設立し、焼肉店の本格運営体制と食肉の仕入れルートを確立しました。そして誕生した店舗が「かみむら牧場」です。かみむら牧場は特急レーンを導入して省人化を進めた先進的な店づくりが特徴で、ポストコロナを先取りしたかのような形態でした。

かみむら牧場は10年後に国内400店舗、海外300店舗のチェーン展開を目指すとしていたのです。

しかし、2020年10月に「かみむら牧場」の店づくりを踏襲した「焼肉の和民」を、ワタミの本社がある大鳥居駅前に出店。2022年3月末までに全国120店舗まで拡大するとしました。ワタミは居酒屋店の転換を急ピッチで進めていますが、渡邉会長の復帰で和民色が再び強くなりました。

渡邉美樹氏は現在61歳。強力な指導力を発揮しているものの、還暦を迎えて引退が視野に入る年齢となりました。長男の将也氏は33歳で、重責に耐えうる年齢に近づいています。

筆頭株主のアレーテーは長男が代表を務めているとはいえ、渡邉美樹氏の資産管理会社で99%超の株式は父親のもの。第一線から退いても渡邉美樹氏の影響力は絶大です。

居酒屋業界は新型コロナウイルスの感染拡大で転換点を迎えました。その中でのワタミの事業承継に注目が集まります。

文:麦とホップ@ビールを飲む理由