「現在2.5%の乗用車関税が最大25%に引き上げられる可能性も」との報道は、日本に大きな衝撃を与えている。2018年5月23日、ドナルド・トランプ米大統領が、安全保障を理由として通商拡大法232条に基づく調査をウィルバー・ロス商務長官に指示した。
増税対象は自動車・トラック・自動車部品の輸入品。232条は「輸入増が安全保障上の脅威になっている」と認めた場合、関税引き上げなどの輸入制限を課す権限を大統領に与えている。ここでは、3紙3様の個性を示した米メディアの論調を紹介する。
ニューヨークタイムズは2018年5月24日、質疑応答形式の記事「トランプの輸入車関税はうまくいく?」を掲載。冒頭では、「エコノミストと貿易アナリストのほとんどは、米への自動車輸入が米の安全保障を脅かすという考えをあざ笑っている」と報じた。
記事では、そもそも通商拡大法232条があまり用いられない条項であることを解説した。2018年3月にトランプ政権が制裁関税を輸入鉄とアルミに課すまでは、世界貿易機関(WTO)加盟後に2回調査しただけで、いずれも商務省は制裁の勧告を拒否している。
さらにWTOは「安全保障」について広い裁量を認めてきたが、そこには参加国がこの条項の濫用を避け、慎重に運用するという暗黙の合意があったと指摘。トランプ大統領がこのタブーを破ったため、他国もなし崩し的に続きうると言及した。
トランプ大統領が掲げた「安全保障への脅威」については、同記事はたしかに理屈上、輸入依存は緊急時における国の弱体化を招くと認めている。しかしそのうえで今回の自動車については、トランプ政権は「安全保障への脅威」をより広く解釈しているようだと指摘。ロス長官は、「雇用への影響、そして軍事的安全とは直接関連しない非常に多くの事柄を含む経済システム」と定義したが、米自動車業界でさえその解釈には懐疑的だとつけ加えた。
さらに記事は「安全保障以外の動機」についても推測している。その結果、今回の発表は「悪いジョークでなければ」、欧州連合(EU)やメキシコ、カナダからの譲歩を引き出すための交渉戦術と結論づけた。メキシコ、カナダとは北米自由貿易協定(NAFTA)の改訂交渉が2017年8月に始まったものの停滞している。
自動車関税が米国においてプラスとなるのかについて、記事はさまざまな角度から検討。以下の考察により、「誰にとってもマイナスだ」と結論づけている。
・自動車業界にとっては、自動車価格の押し上げ、売上減少、賃金上昇につながり、業界を「傷める」。メーカーが生産拠点を米国に移すには数年を要するため、「金のかかる提案」だとも批判した。
・消費者は、トランプ政権が交代するまで自動車の購入を差し控えるか、中古の輸入車を買うという選択をするだろうと推測した。
・農業その他部門にとっては、報復措置の危険があると指摘した。
・国際関係については、自動車の輸入先のほぼ90%が米同盟国であることに触れ、安全保障といういわれない口実の下での課税は報復を招き、貿易問題の場における米国の信頼を損ねると憂慮した。
同記事は、経済学者のほとんどがトランプ大統領の「米自動車工業の保護は、自動車工場の雇用を増やす」という理屈に懐疑的だとした。その理由として、以下の3点を挙げた。
・失業者はすでに3.9%と17年ぶりの低さで、多くの労働者はより質の良い仕事を競っている。
・米の自動車工場は高度オートメーション化が進み、1970年代の絶頂期のような雇用は見込めない。
・部品工業にとって世界規模市場へのアクセスは、競争力を保つため重要。閉鎖的な関税は逆にアメリカの雇用を危険にさらす。
ロサンゼルスタイムズは2018年5月25日、「トランプの関税強迫観念が自動車工業を脅かす」との記事を掲載した。同紙は「ハンマーだけを持った人にはあらゆる物が釘に見えるように、トランプ大統領には、すべての貿易問題が輸入関税への叫びに聞こえる」と皮肉をこめた。同記事は上記のニューヨークタイムズ報道と以下の3点で共通している。
・今回の政策の有効性について=米自動車産業は回復したもののその雇用はピーク時の30%減である。それはオートメーション化の帰結であり、グローバル競争だけのせいではない。
・相手国からの「確かで素早い報復」の指摘=日本、ドイツ、中国などの主要輸出国は対米の関税引き上げのための十分な余力があることを理由とした。
・トランプ政権の関税による脅しを貿易相手国との「戦術」として利用している点=たとえばNAFTAをめぐるメキシコとカナダ、北大西洋条約機構(NATO)をめぐるドイツ、そして中国などへの牽制(けんせい)が挙げられるとした。
さらに同記事は自動車産業のグローバルなサプライチェーン(部品供給網)を根拠に、米国内での自動車全体の価格上昇を予測した。米国内で組み立てられる車には、多くの外国製パーツが使われている。高関税が課せられれば輸入パーツの調達コストは上がるため、米国製の車も関税引き上げの影響を免れない。
さらにゼネラルモーターズ(GM)をはじめとする米国車メーカーが、外国で生産した車を自国へ輸入していることも忘れてはならない。
一方で海外のメーカーは、米国で開発・生産拠点をを増やしている。設計や技術、部品製造などに従事した米国人労働者の人数にかかわらず、国外で組み立てられたというだけで価格が急上昇することになる。
そのうえで今回の関税引き上げは「結局のところ、商品の値上げによる消費者への課税だ」と批判した。すなわち輸入品の高価格化により「直接あるいは間接的に高価な国内モデルを購入するよう促して、商品値上げへ誘導するものだ」と指摘している。
ブルームバーグは2018年5月25日の記事で、「トランプの自動車関税は支持母体の受け狙い」と論じた。記事ではトランプ政権の輸入車への関税引き上げについて「誰が要求したわけでもなく、ほとんどの者が望んだわけでもない」と前置きした。さらにこの課税は、彼の支持母体投票者にとっては快く、キャンペーン集会で拍手の嵐を得られるとしつつ、「多くの者はホンダ、トヨタ、ヒュンダイに乗って帰宅するだろうが」と皮肉をこめた。
さらに同記事は、米国内で232条が認める大統領権限を「取り戻す」べきだとの声が湧きあがっていると報じた。米国商工会議所は「これが実施されるなら、保護すると称されている業界は大打撃を受け、世界貿易戦争勃発の危惧がある」と述べた。全米製造業協会は「232条の誤った使用はアメリカの製造業労働者が勝つ機会を奪い、意図しなかった結果を招くだろう」とコメントした。
同記事は2016年にトランプ大統領が勝利したミシガン州とオハイオ州の重要選挙区では、自動車工場労働者からの賞賛を受けていると指摘。米国市場が多くの国の「低価格商品の投げ売り場」になってしまったことを嘆き、今回のトランプ大統領の決断を評価する声は多いと報じた。
さらに、もしトランプ大統領がこの関税を推し進めるなら、2018年11月の中間選挙のカギとなる上院の選挙戦では有利に働くだろうと予測。しかし、それは自動車価格を押し上げ、貿易交渉を複雑化し、大統領の貿易に関する権限の再検討へのリスクを伴うとの懸念も示した。
<参照記事>
https://www.nytimes.com/aponli...
http://www.latimes.com/opinion...
https://www.bloomberg.com/news...
文:Yuu Yamanaka/編集:M&A Online編集部