東京証券取引所(以下、東証)は、2026年8月12日に「『投資家への期待・要望』等に関する企業アンケート」の結果を公表した。これは、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に上場する企業682社について、機関投資家との対話の内容や対話を踏まえて実施した取り組み、そして機関投資家に対する要望や期待に関する調査を行ったものだ。
コーポレートガバナンス・コードや、スチュワードシップ・コードでは、企業と投資家との対話を通じて企業価値を高めることが求められている。また、東証が要請する「資本コストや株価を意識した経営」や、経済産業省がまとめた「成長投資ガイダンス」においても、対話の重要性は一貫して強調されているところだ。
こうした流れを受けて本アンケートでは、企業が機関投資家との対話をどのように捉え、また機関投資家に何を期待しているのかを調査している。本アンケートのポイントは、「企業が機関投資家との対話から何を得ているか、何を得たいと思っているか」に焦点が当てられている点にある。今回は、このアンケート調査から見えてきた、企業の機関投資家に対する期待と「良い対話」のあり方について考察する。
機関投資家は企業の何に関心を持っているのだろうか。

企業が感じる機関投資家の関心事項は、「事業戦略・成長戦略の方針・目標設定」(92%)、「株主還元(配当・自社株買い)」(83%)、「既存事業の収益性向上」(73%)、「短期の業績見通し」(73%)、「成長分野への投資(M&A含む)」(67%)などとなっている。
この結果からは、機関投資家の関心は株主還元や短期業績だけでなく、企業がどのような戦略の下で資本を配分し、稼ぐ力や成長力をどう高めようとしているのかにも向かっているといえる。
投資家との対話は企業の取り組みにどのような影響を与えているのだろうか。以下のデータは、「投資家が関心を持っている」と感じている項目について、企業の取組状況をまとめたものだ。

これによれば、「関心を持っていない」と感じている企業に比べて、「関心を持っている」と感じている企業のほうが、総じて取り組みの実施率が高いことが分かる。特に「株主・投資家との対話の充実」(+59ポイント)、「政策保有株の見直し」(+57ポイント)、「サステナビリティに関する取組みの推進」(+54ポイント)、「取締役会の機能強化」(+52ポイント)、「情報開示の充実」(+46ポイント)、「既存事業の収益性向上に向けた対応」(+45ポイント)といった項目は、「関心を持っている」と感じている企業と「関心を持っていない」と感じている企業の実施率の差が大きい。
こうした結果から東証は、投資家との対話と取り組みの実施とのつながりが示唆されるとしている。もちろん、この分析だけで「投資家との対話が企業行動を変えた」という因果関係を立証することはできない。しかし、ここまで大きな差が表れていることは、企業が投資家の関心を感じている項目において、取り組みの実施率が高いという関係を示唆している。
ただし、「関心を持っている」と感じている企業においても、「成長分野への投資」、「人的資本の戦略見直し」、「不採算事業の縮小・撤退」、「研究開発・知的財産への投資」、「資産の最適化」、「資本と負債のバランスの見直し」といった項目の実施率は30~40%程度にとどまっている。
そうした意味で、投資家の関心が実際の経営改善につながるまでには、なお距離がある。しかし、「関心を持っていない」と感じている企業に比べて実施率が高いことを踏まえれば、投資家の関心を実際の経営改善につなげるためにも、有意義な対話を続けていくことが重要だ。
では、企業が有意義だと感じる対話とはどのようなものだろうか。
アンケートの結果によれば、回答企業の約75%が「有意義な対話ができている」と感じている。そして、特に注目すべきなのは「有意義な対話」と感じた理由だ。

これによれば、「自社の課題や認識のギャップ、投資家の評価軸の把握」(62%)、「投資家からの理解・評価の向上、建設的な対話関係の構築」(52%)、「情報開示や投資家向け説明の改善」(52%)、「業界動向・競合比較など、投資家ならではの客観的な視点」(47%)、「事業戦略・資本政策などへの有益な示唆」(45%)といった点について、企業が有意義だと感じていることが分かる。

対話を有意義だと感じている企業と感じていない企業の間でクロス分析を行った結果は、さらに特徴的だ。両者の差を見ると、「自社の課題や認識のギャップ、投資家の評価軸の把握」が+55ポイントと最も大きくなっており、次いで「投資家からの理解・評価の向上、建設的な対話関係の構築」(+50ポイント)、「中長期的な視点や本質的なテーマについての議論」(+42ポイント)となっている。
ここから見えてくるのは、企業と機関投資家との間での「良い対話」とは、どちらかが一方的に自らの主張を行うことではないということだ。お互いの立場から双方向での建設的な意見交換を行うことによって、自社の課題や改善点についての新たな気づきと、事業戦略や資本政策の見直しにつながるフィードバックを得ることが、企業にとっての対話の満足度を高めることにつながる。投資家の意見をそのまま取り入れるというよりも、外部の視点で自社の立ち位置を相対化できることが、「良い対話」の本質的な価値だといえる。
逆に、「有意義ではない対話」の特徴として挙げられるのは、「短期業績・株主還元への議論の偏り」(41%)、「自社・業界への理解不足」(33%)、「一方的な意見表明や形式的な質問」(27%)といった点だ。こうした傾向は、有意義だと感じていない企業と有意義だと感じている企業の間でのクロス分析にも表れている。

また、「有意義ではない」と感じた際のエピソード(自由回答)における記述内容から得られる示唆も大きい。ここでは、「有価証券報告書や決算説明資料などを事前に読み込まず、公開情報で説明している内容の確認に終始する」、「議決権行使基準に照らした評価に終始し、実質的な議論に至らない」、「一方的に株主の理論だけを主張し続ける」、「KPIが経営にどう生かされているかでなく、設定やハードルレートといった形式的な質問に終わる」、「短期的な業績や株価動向、株主還元に議論が集中」といった指摘がなされている。
こうしたことから読み取れるのは、事前準備が不十分で、一方的かつ形式的な対話は、企業にとって建設的で有意義な対話にはなり得ないということだ。また、ROICや資本コストについても、その確認自体が目的となれば、対話は形式化してしまう。
企業の機関投資家に対する期待については、以下のようにまとめられている。

これによれば、「中長期的な視点での対話」(96社)、「示唆・気づき・知見の提供」(91社)、「自社の事業・業界に対する理解」(85社)、「投資家側の情報開示」(81社)といった項目を多くの企業が挙げている。
ここで着目すべきは、投資家の評価軸、投資判断基準、面談目的、株式の保有状況などについて、投資家側の情報も開示してほしいという声だ。良い対話を成立させるためには、投資家側も、自分たちが何を考え、どう評価しているのかを持ち寄って議論する姿勢が求められている。
ただし、建設的な対話は投資家だけの努力で成立するものではない。企業側も、自社の経営課題や資本配分などについて、自らの考えを整理し、投資家からの問いかけに応えられるよう準備したうえで対話に臨む必要がある。
今回のアンケートから見えてくるのは、良い対話は双方向で行われるものであり、対話を通じて企業自身が気づいていない課題や市場との認識ギャップを浮き彫りにし、それを経営戦略や資本政策にフィードバックすることが重要だという点だ。対話そのものは目的ではなく、対話を経営改善につなげてこそ、その価値が生まれる。そのためには、企業も投資家も、一方的に「説明する」あるいは「要求する」のではなく、お互いが情報や知見を持ち寄り、企業価値を高めるために知恵を出し合うことが求められる。
